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余談ー2 ジャンヌ・ダヴーの想い

 レイモン・コティに対する現在、表向きは13歳のジャンヌ・ダヴーの想いです。

 苦い、本当に人生を示す苦さだ。

 何の気なしに入った雑貨屋で、目に入った第一の人生の頃からある銘柄のトニックウォーターだった。

 昔ながらのたっぷりとキニーネが入ったタイプのトニックウォーターだ。


 30歳過ぎと私が見立てたレジの小母さんは、

「そのトニックウォーターは、あんたのような子には苦すぎるよ」

 と忠告してくれた。

 私は内心で笑った。

 その小母さんは、私より人生経験が100年以上も短い。


 本当は、ジンを飲みたい。

 だが、この身体は13歳程だ。

 この身体では、アルコールを飲むわけにはいかないだろう。

 だから、このトニックウォーターを選んで飲むことにした。

 小母さんの忠告通り、私の予想通り、本当に苦いトニックウォーターで、思わず涙がこぼれた。


 かつて、第二の人生の際に、これで何度ジンを割って、マラリア予防のジントニックにして飲んだことだろうか。

 フランス外人部隊士官の内妻として、北アフリカに行ったこともある。

 インドシナに行ったこともある。

 その度に、ジントニックを飲んだ覚えがある。


 その際には、大抵、傍にユーグ・ダヴーがいた。

「この苦みがいいんだ。人生のようなものだ」

 彼の口癖だった。

 私も同感だ。

 本当に人生は苦いものだ。


 もし、第二の人生の時に、岸忠子じゃなかった岸澪が離婚に応じていたら、私はあの異世界から生きて還れなかっただろう。

 ユーグと結婚して妻になれなかったことが、どうにも無念で異世界から還ってしまった。

 そういった点では、本当に皮肉なことに岸澪は命の恩人なのかもしれない。

 そんな取り留めのない想いが浮かんでくる。


 今日は、自分の知る限り、第一の人生の時のレイモン・コティの命日だ。

 ユーグ・ダヴーと知り合わねば、自分はレイモン・コティの愛人になり、共に死刑になっていたらしい。

 土方鈴は、そう私に言った。


 私も十分にあり得た話だと思う。

 ちなみに、第一の人生の時には、レイモン・コティに息子アランの再婚の際に動いてもらったが、第二の人生の時には、レイモン・コティと連絡を取ることは無かった。

 第二の人生では、息子アランは、最初の妻、カテリーナの死後は独身を貫いたからだ。


 第二の人生の時、アランはスペイン内戦に義勇兵として行かなかった。

 だが、フランス士官学校の先輩として、ピエール・ドゼーとアランは知り合っており、仲の良い先輩後輩関係を築いていた。

 そして、スペインの地でピエール・ドゼーが死んだ後、何くれとなくアランは、未亡人となったカテリーナの世話をし、終には結婚にこぎつけたという訳だった。


 第二の人生では、義理の孫のピエールは、フランス陸軍の同僚と結婚し、幸せな家庭を築いた。

 それを想えば、第一の人生のようにアラナと結婚しなかったことで、ピエールは家庭生活で苦労せずに済んだのかもしれない。

 その代わり、サラはアランの一人っ子のままだった。

 歳の近い若い叔父、叔母(例えば、あの世界での私の末娘のマリーにしてみれば、サラは6歳程しか違わず、サラの異父兄ピエールの方が年上だったのだ。)に妹のように可愛がられたとはいえ、本音では、父のように兄弟姉妹に囲まれたかったあの世界のサラは寂しかったらしい。


 第二の人生の時、カサンドラはどうしたのだろうか。

 バレンシアで娼婦として死んだのだろうか。

 今の私には知る術はない。

 だが、少なくともレイモン・コティの隠し子だという噂が立たずにカサンドラは死んでいる筈だ。

 あの噂は、私とレイモン・コティが再会したことで発生した噂だからだ。


「レイモン・コティ。いい男だったな」

 自然とそんな言葉が口から出る。

 一か八かの賭けだった。

 アランから、カサンドラが困っていると聞き、その相手がユニオン・コルスということを聞いて、自分は思い出したのだ。

 かつて、自分を愛人にしたいと言ったあの男の事を。

 私は、幹部の末席に座っている程度か、と思ったら、大出世をしていた。

 そして、覚悟を決めて逢ったら、予想以上の好意を示してくれた。


「その代わり、カサンドラは、あの男の隠し子になっちゃったね」

 私は、鼻で笑いながら言った。

 皆、損はしていないと言えるが、思わぬことが起こったものだ。

(細かく言えば、カサンドラから仲介料をぼったくろうとしたユニオン・コルスの下部組織は大損をしているが、自業自得というものだ。)


 そして、あの世界の私の初孫のアラナに至っては、アルコール依存症で何とか食い止められた。

 あの当時、植民地帰り、平和維持活動帰りの将兵の間に麻薬が蔓延していた。

(今でも完全に根絶できてはおらず、しばしば退役将兵の間での麻薬禍が新聞沙汰になる。)

 アラナにレイモン・コティの孫だという噂が無かったら、アラナは麻薬に手を出していたのではないか。

 そうなったら、アランは幾ら娘のしたこととはいえ、軍から退くことになっていただろう。

 アルコール依存症で済んだから、周囲からも同情を買い、治療が(相対的だが)容易で済んだ。


「アラナ達は産まれなかった。サラは一人っ子になった。カサンドラは消息不明」

 第二の人生のアランの家族を想うと、第一の人生とどちらがアランは幸せだったのだろうか。

 私は考え込んでしまう。

 考えを断ち切るために、トニックウォーターを私は思わず呷ってしまい、むせてしまった。


 考えを変えるために、土方鈴から聞かされた彼と出会わなかった世界を考えてみた。

 とは言え、鈴にしても詳しい消息を知っている訳ではない。

 新聞記事だけのことしか、私のことは分からないそうなのだ。


「レイモン・コティの愛人になって、ユニオン・コルスの幹部になって、武器、麻薬、人身売買に加え、殺人まで私はやったか。死刑制度が遺っていたら、死刑になって当然ね」

 私は泣き笑いをしてしまった。

 ちなみに今のフランスには死刑制度は廃止されており、絶対的終身刑が最高刑だ。

 今のフランスなら、絶対的終身刑しかあり得ない罪状なのは間違いない。


 だが、闇の資産はたっぷりあったらしい。

 レイモン・コティの愛人という事は、子どもに恵まれなかったのは間違いないだろう。

 あの男は、今でいうところの男性不妊症だったのは、ほぼ間違いない。

 あの男自身も、第一の人生の際に言っていた。

「俺には実子がいねえんだ。欲しくて堪らないのにな。カサンドラを隠し子にさせてくれ」

 と。


 案外、あの世界の私が犯罪に手を染めたのは、子どもが出来なかった寂しさもあるのではないだろうか。

 子どもが無い寂しさから、金を求め、悪事に手を染める。

 赦されることではないが、何となくわかる気がする動機だ。


 レイモン・コティの病死を知らせてきたのは、レイモン・コティの後継者になる男だった。

 私は、サキュバスのジャンヌの名でレイモン・コティの葬儀の際に花束を手向けてくれ、今後とも、カサンドラに実父はレイモン・コティだということは明かさないでくれ、と2つの頼みごとをして、その男は同意してくれ、その通りのことをしてくれた。


「あの男は真実を知っていたのかな。カサンドラは隠し子じゃないってことを」

 思わず口に出してしまう。

 知っていて首領の茶番に付き合ってくれたのかもしれない。

 それはそれでいい男だ。

 どちらにしても、この身体だ。

 ユニオン・コルスの面々に、この身体で真実を話しても誰も信用しないだろう。


「あいつの墓に花を手向けに行くか。けじめをつけに」

 私は口に出し、残りのトニックウォーターを飲み干した。

 何故か、涙がこぼれて止まらなかった。

 これで本当に完結させます。

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