裏エピローグ
あの後にマダム・サラの自宅に4人全員が帰宅した後、思わぬことが明かされます。
あの後、失神から目が覚めた澪を、私の武力で黙らせ、澪、私、愛、ジャンヌの並びで澪を落ち着かせながら、マダム・サラと共に私達は何とか帰宅した。
宿から帰宅するまでの間、澪は私に対して、あの異世界の記憶が余程、強烈だったのか、鈴は絶対に私の味方よね、と何度も確認する有様だった。
帰宅した後、取りあえず、マダム・サラを立会人にして、4人(とは言っても、私は他の3人の異世界経験については知らないので半部外者だったが)で話し合い、あの異世界経験は夢だったということで全員が割り切るという協定が結ばれた。
とは言え、50年余りの強烈な異世界経験だ。
当分の間、私にはとても割り切れそうにないし、澪、ジャンヌ、愛にとっても同様だろう。
だが、一つ、私には確認することがあった。
協定締結後、私はジャンヌに不意打ちを仕掛けた。
「ジャンヌ、レイモン・コティという名に心当たりはない?」
「鈴、どうしてその名を知っているの?」
余程、思いがけなかったのだろう、ジャンヌが驚愕した。
その様子を見て、私ははったりをかませた。
「土方家の情報網を舐めないで。ジャンヌ」
私は余裕の笑みをわざと浮かべた。
「バレては仕方がない。私が童貞を奪った男、そして、ユニオン・コルスの首領の中の首領と謳われた男ね」
ジャンヌが、街娼時代を思わせる口調になった。
「全くね。奴があそこまでの大物になるとは予想外だったわ」
ジャンヌは、サラっと言ったが、私とジャンヌ以外は、マダム・サラも含めて驚愕している。
ユニオン・コルスは、欧州最大、世界でも一、二を争う犯罪組織といってよい存在だ。
その首領と前世のジャンヌが関係があったなんて、誰も思わないだろう。
「本当はジンとかの酒を呷りながら話したい話だけど、この体だからね」
そう前置きをして、ジャンヌは語りだした。
「あいつ、シシリアンとの抗争の鉄砲玉に選ばれて、シチリアに行く前に、悪魔と関係を持ったら、男になって帰って来れると言って、街娼時代の私を抱きに来たのさ。もう、その頃には、サキュバスと呼ばれる存在に、私はなっていたからね。抱かれて、中々いい男だと思えたので、マリーの姐御に頼んで、シチリア行きから外してもらった。それをきっかけにして、奴は上層部に少し名前が知られ、それから徐々に出世したらしい。私も詳しい話は知らない。何しろ、そのすぐ後くらいに、彼の手引きで私は街娼から足抜けしてマルセイユから去ったから」
ジャンヌは、そこで一息ついた。
「奴と再会したのは、アランとカサンドラの再婚がきっかけだ。カサンドラは、バレンシアの娼館等を整理売却しようとしたのだが、ユニオン・コルスの下部組織が、一口噛ませろ、と仲介手数料を取ろうとした。それが暴利で利益の半分を取ろうというんだ。カサンドラは困って、警察にも相談したが、一応、合法的な話なので、警察も介入できない。アランから、カサンドラが困っていると聞いてね。ユニオン・コルスの幹部にレイモン・コティという名がないか、と思い切って私が尋ねたら、そいつは首領の中の首領と謳われる存在だ、とアランが教えてくれた。それで思い切って賭けてみたんだ」
ジャンヌは遠い目をしていた。
「ユニオン・コルスとフランス軍部は、表立っては言えないが、それなりの連絡経路を当時、持っていた。何しろ表立ってやれない裏仕事をやる組織はどうしても必要だからね。ユニオン・コルスの一部に、フランス軍は裏仕事を請け負わせていた。その連絡経路を使って、サキュバスのジャンヌが、レイモン・コティに会いたい、という連絡をしてもらった。意外なことに、奴の方がすぐに会いたい、と言って来た。それで、私と奴は密会して話し合ったのさ」
またも、ジャンヌはそこで話を切った。
「あの時、君が私のシチリア行きを止めていなかったら、自分は単なる鉄砲玉で終わる所だった、君は命の恩人と言ってもいい、と奴は言ってくれた。もし、君があの時に去っていなかったら、君を愛人にしたかったとも言ってくれたね。君の息子の結婚相手からは金はとれない、と言って、奴が介入して例の仲介手数料は無料になった。とは言え、それでは私の気が済まない。カサンドラに断って、利益の1割を奴に渡したよ。そうしたら、奴は妙な侠気を出してさ。そっくりその額全部をアランとカサンドラの結婚式の祝いとして、匿名で送ってきやがった。それ以来さ、カサンドラは、レイモン・コティの隠し子だっていう噂が、闇の世界で広まったのは。あの首領の中の首領が、そんなことをする理由は他にはないとね。それにカサンドラの経歴は謎に満ちていたから、尚更、闇の世界ではその噂の信憑性が高かった。全く本当はたわいもない話なんだけどね」
ジャンヌは語り終えた。
しばらくの間、部屋の中に沈黙が満ちた。
ジャンヌが、そんな前世を持っていたとは、皆、知らなかった。
私は懸命に頭の中を整理した。
レイモン・コティは、あの彼が陸軍士官になった世界でも、ユニオン・コルスの大幹部だった。
そして、あの世界のジャンヌは、レイモン・コティの愛人からのし上がっていったのか。
更に最後は共に死刑になってしまった。
だが、この世界では、そんな関係だったのか。
沈黙を破ったのは、マダム・サラだった。
「ということは、カサンドラ母さんの実の娘、アラナ姉さんがヘロイン等の麻薬に手を出せなかったのは」
「そういうこと。レイモン・コティの孫娘を麻薬漬けにした、何て噂が闇の世界に流れたら、麻薬を売った組織は絶対に潰される、と当時の闇の世界では皆が信じていた。そりゃ、そうだろう。首領の孫娘を麻薬漬けなんてしてみな。首領は激怒して潰そうとするし、周りの友好組織も牙を向けるよ。それに、あいつには子どもがいなかった。だから、尚更、カサンドラは闇の世界で重んじられた。そう言えば、最期はベッドであいつは死んだらしいね。本当に人生とは不思議なものだ」
ジャンヌは、そう答えた。
私はあらためて想った。
本当に人間の人生なんて、ジャンヌの言う通り、不思議極まりないものだ。
彼が陸軍士官になったら、その周囲の人間のみならず、フランスの運命まで変わるなんて。
これで、一応、完結させます。
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