第23話
第二次世界大戦後、私と彼が横須賀で半隠棲生活を送っている間にも、世界は動き続けた。
実際問題として、現世で時間が流れると、前々世の記憶がほぼ並行して私によみがえってくるのだが、この頃から、世界の特にフランスの流れが余りにもおかしい、と私には思えるようになった。
そもそも、前々世の私は、世界の動き等に余り興味が無かった。
だから、他にも実際には、それ以前から歴史が少しずつ狂い出していたのかもしれないが、私は確信をもって違っている、とは言えなかった。
例えば、千恵子が利用した予備役軍医士官制度にしても、予備役士官養成課程があったのは確かだが、予備役軍医士官制度が前々世でもあったのか、と言われたら、私は確信をもってあった、とは言えなかった。
だが、フランスが、インドシナ独立紛争鎮圧のために、ベトナムで核爆弾を使用したとの報道を聞くと、さすがにこれはおかしい、と私は気づいた。
そんなことを何でフランスがしたのだろうか?
そして、インドシナ独立紛争は、泥沼化していき、日本まで派兵を余儀なくされるようになった。
この頃、インドシナに日本軍が派兵したようなことは、私の知る限りなかったはずだ。
更に時が流れ、1958年、アルジェリア独立紛争に基づくフランス国内の対立は頂点に達し、フランスは革命状態となった。
そして、今となっては、誰が意図的にやったのか、偶発的なものだったのかは、世界の誰にも永久に分からないだろうが、パリで核爆弾が炸裂、フランス第三共和政は崩壊してヴィシーフランス政府が成立した。
私は呆然とする他なかった。
この頃には、並行して前々世の記憶が戻った私にも推測できるようになっていた。
この世界には、彼とジャンヌ・ダヴーが逢わなかったことから、アラン・ダヴーが産まれなかった。
そのために、こんな事態が起こったのではないだろうか。
本当に何と言ったらいいのだろう。
あの頃は無名の日本海兵隊士官とマルセイユの街娼が偶然に出会ったか出会わなかったかのことで、一国の運命が狂ってしまったなんて。
性質の悪い冗談にも程がある話ではないか。
更に数年後、私はフランスから届いたある記事の新聞の見出しに偶然、目を止めて呆然とした。
「ユニオン・コルスの大女幹部、ジャンヌ・ダヴーの死刑が執行される」
その新聞記事の主な内容によると。
元はマルセイユで街娼をしていたとの噂もあるジャンヌ・ダヴーは、ユニオン・コルスの若手幹部の愛人となり、その幹部の右腕として二人三脚でユニオン・コルスの最上層部まで上り詰めた。
彼女は、麻薬から武器、人身売買まで手広くやり、数十億ドルとも推測される闇の資産を築き上げたが、部下の密告に遭い、フランスの警察に捕まったとのことだ。
更に警察の取り調べにより、殺人等多数の余罪が発覚し、彼女は、死刑判決を受け、死刑に処された。
なお、彼女の相手の大幹部も、先日、処刑されており、それを知った彼女は、地獄で彼と再会できる、と笑って処刑場に赴き、処刑されたとのことだった。
わたしは記事の内容全てを読み終えた後、何故か思い切り泣きたくなった。
勿論、前々世では彼女と私の間に、直接の面識は無かったし、アラン・ダヴーと、私の娘、千恵子が異母姉弟だということを、私は知る由も無かった。
だが、前々世の世界ではフランスを救った英雄の生母の彼女は、この世界では凶悪犯罪の死刑囚として処刑されてしまったのだ。
幾ら人の出会いにより、運命が変わるとはいえ、余りにも極端な運命の違いではないか。
更に個人だけではなく、一国の運命さえ変えてしまった。
こんなことがあってもいいものなのだろうか?
私のエゴのために、こんなことが起こるなんて。
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