第1話
本編の始まりになります
「土方さん」
私は、同級生からの呼びかけに、すぐに返事をしなかった。
どうしても自分の名前だというのに違和感が抜けないのだ。
「土方さん、どうかしたの」
もう一度、声を掛けられたので、私は少し慌てて返事をした。
「ごめんなさい。ちょっと考え事をしていて」
「もう、何だか、いつも考え事をしていない」
「そんなことないわよ」
そう答えながら、私は想う。
何でこんな奇妙な状態なのだろう。
つい考え込んでしまう。
他の3人と彼も同じなのだろうか?
私は外見上は12歳の少女だ。
だが私の中には、生まれ変わる前の前世での70年余りの記憶もある。
私の周囲には、同じような人が4人いる。
私の前世での元婚約者と、その相手の女性3人だ。
元婚約者は、まだいい。
彼の前世は20代前半で終わってしまった。
そして、現世でも20年余りを生きている。
だから、そんなに困っていないみたいだ。
だが、私と他の女性3人は違う。
4人共、70歳代まで生きてから亡くなった。
そして、現世では4人共が12歳乃至13歳の同級生だ。
だから、私達4人は、どうしても前世での記憶に引きずられてしまう。
そして、私は思い返すことが多い。
前世で別の幸せな人生が歩めなかったのか、と。
前世で別の幸せな人生を歩めればよかったのに。
そう私が思っていると、同級生が言葉を重ねてきた。
「ヴェルダン要塞の跡地に、泊り掛けで行こうと思っているのだけど、土方さんも行かない?」
「えっ、何で日本人の彼女を誘うの?」
別の同級生が口を挟んだ。
「もう少し歴史の勉強をしたら」
私に声を掛けてきた同級生が、呆れかえるように言った後で続けた。
「土方さんは、土方伯爵家の一人よ。当時の土方伯爵は、ヴェルダン要塞攻防戦に参加していたのよ」
「日本人もヴェルダン要塞攻防戦に参加していたの?」
「歴史の勉強をやり直してから口を挟んで。日本兵4万人近くが戦死しているわ」
目の前で同級生2人がやり取りをしているのを聞きながら、私は走馬灯のように想いを巡らせた。
私と他3人にとって大事な場所だ。
そこは、彼が前世で戦死した場所だ。
「他に3人も誘いたいのだけど、いいかしら」
私は最初に声を掛けてきた同級生に言った。
「誰なの?」
「ジャンヌ・ダヴーと岸澪、村山愛の3人よ」
「一緒に転入してきた3人とも一緒に行きたいというの?」
「ええ、4人共ヴェルダン要塞には、ちょっと因縁があるの」
ちょっとどころではないのだが、前世でのことをこの場で言う訳にはいかない。
「別にいいわよ。何とか宿とかも取れると思うし」
「ありがとう。できる限り協力したいと思うから」
私は彼女にそう言った後、詳細を詰めてから帰宅した。
「ヴェルダン要塞に行きたい?」
私がお世話になっているマダム・サラは、私の話を聞いた時、難色を少し示した。
ちなみにマダム・サラは、ジャンヌ・ダヴーの前世の孫にして、現世の祖母だ。
フランス在住者の中で唯一、私達の事情を承知している。
(他に事情を知っている面々は、全員が日本に住んでいる。)
「他の人に(事情が)バレないかね」
「大丈夫だと思うわ。身内が、ヴェルダン要塞攻防戦に参加して戦死したから行きたい、と言えばいい。少なくとも全くの嘘ではないし」
ジャンヌが口添えをした。
「生まれ変わってきたとはいえ、彼が前世で戦死した場所で花を手向けたい」
愛が言った。
「それは、私が真っ先に言いたかった。でも、私もまた行きたい」
涙を浮かべながら、澪も言った。
澪は、前世でヴェルダン要塞に来て、戦死者の遺族の一人として花を手向けたことがあるという。
元婚約者に過ぎない私は、複雑な思いを抱いた。
「そこまで言うのなら行ってもいいわ」
マダム・サラは押し切られた。
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