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第17話

 1920年12月、彼は陸軍大学校に入り、1923年11月に卒業した。

 卒業の際には、いわゆる「恩賜の軍刀」の1人に彼は入っていた。

 彼に言わせれば、この前の世界大戦で、欧州で実戦経験を経ても自分は生き延びられていたから貰えただけだ、と笑って言うレベルの代物らしいが、私は素直に感嘆せざるを得なかった。

 また、陸軍大学校で「恩賜の軍刀」を得られるような彼が、前々世で生きていれば、海兵隊でどのように出世したのだろう、と私は考えざるを得なかった。


 なお、この陸軍大学校における東京生活は、彼と共に東京に住んだ私にも思わぬことをもたらした。


「篠田さん。今度の高尾山登山の件だけど」

「ええ、土方さん、準備は万端ですわ」

 何だかんだ言っても、東京には陸軍のみならず、海兵隊の軍人も海兵本部や軍令部がある関係から多い。

 そして、1920年夏の大雪山登山の一件から、私と彼は、海兵隊の軍人と個人的なつながりを深めるようになっていた。

 更に、私は土方忠子と個人的な友誼を深めることにもなったのだ。


 私としては、腹に一物を持ちたくなる関係ではあったが、前々世で彼を二人で争った経緯を知るべくもない土方忠子は無邪気極まりないことに、私と仲良くしようと努め、私も彼女が彼のことを狙っていないことを確信すると、前々世や前世の行きがかりを捨てて、仲良くしようと努めた。

 やはり、故郷会津を離れた私にしてみれば、東京で頼れる友人が少しでも欲しいという想いがあった。

 そして、彼と土方歳一が、親友と言っても良い関係に発展していったのもあった。

 かくして、この3年間の東京生活は、この後の私達の家族ぐるみの交友関係の基礎になった。


 少し話がずれる。

 この世界の岸忠子ではなかった土方忠子は、私達が東京にいる1923年11月までの間に3人の子を、夫、土方歳一との間に儲けた。

 3人共男の子で、勇、魁、一、と順に名付けられ、一は、岸三郎提督の養子になって、岸家を継いだ。

 この世界の岸提督は、晩年に二人の息子に先立たれたとはいえ、本当に幸せで一を養子に迎えたのだ。


 一方、我が家には、千恵子と総司という二人の子どもがいる。

 家族ぐるみの付き合いの中で、千恵子は、勇、魁、一から憧れのマドンナ扱いを受けた。

 総司は、勇、魁、一から千恵子の弟の立場を代われ、と一時は大変に妬まれたものだった。

 更に千恵子は、土方忠子からも気に入られた。


「私も1人、女の子が欲しかったわ」

 千恵子を見る度に、いつか土方忠子は零すようになっていた。

「もう一人、産んでもいいのでは」

 と私が水を向けると、土方忠子は首を横に振った。

「3人も産めば充分よ」


 確かにそうかもしれないけれど、と私は土方忠子の言葉を聞くたびに思った。

 この世界の土方忠子ではなかった岸忠子は、彼と結婚後は上手く行かなかったのではないか。

 彼は本当に子どもが好きだ。

 それこそ彼は子どもが小学校を卒業し、自ら親から離れようとするまで、子どもの要望は何とか叶えようとし、また、子どもには積極的に関わろうとし続けた。

 彼としては、本当は4人目以上、できたら10人でも子どもは欲しかったようなのだ。

 だが、私が結果的に邪魔してしまった。


 私は最初の子の真琴がスペイン風邪で亡くなった衝撃から、自分の子が自分より先にまた死ぬことがあるのでは、という恐怖感が先立つようになってしまった。

 そして、総司が無事にできた後、子ども達の何気ない動作でさえ、真琴のことを思い出しては、自分では良くないことだと十二分に分かっているのに、つい涙ぐんでしまう有様だった。

 これを見てしまった彼が、私にもっと子どもが欲しい、と言わなかったのは、ある意味では当然の話だった。

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