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第14話

 そして、1918年になった。

 彼の所属する第4海兵師団は、北フランスに移動して、補充や訓練に励むことになった。

 そこで、彼は様々な衝撃を受けたようで、次々と手紙を書いてきた。


「初めて戦車というものを見た。英仏からの提供だが、海兵隊に200両余りも供給予定だという。陸軍には1両も無いのに、と考えると悔しくて堪らない」

「本当に航空機というものは日進月歩だと痛感させられる。これからの戦争には航空支援が不可欠なのを痛感させられてしまう」

「我々の味方の英仏軍は、独軍の春季攻勢を跳ね返すことに成功した。夏以降に行われる予定の独軍への攻勢任務には我々も参加するだろう」

 私は、それらの彼からの手紙を読んで、今年中に、運が良ければ、この世界大戦は終わるのではないか、と楽観的になった。


 だが、思わぬことが、その前の私の身に襲い掛かってきた。


「先生、真琴は助かりますか」

 やっとの思いで往診に来てくれた小児科医の先生は、私の問いかけに無言で首を横に振った。

「そんな」

 私は足元が崩れ去る感覚に襲われた。

 真琴は3歳になるかならないかなのに。


 真琴は1918年9月、スペイン風邪にり患した。

 私は冷たい井戸水で手拭を濡らし、懸命に高熱を出した真琴の頭に当てて、真琴の熱を冷ましたのだが。

「肺炎まで引き起こしています。今日、明日の命でしょう。すみませんが、私は医院に至急、戻らねばならない。これで失礼します」

 頼みの綱の医師は、私達の下を去って行った。


 そして、それを私は非難できなかった。

 今、会津、というか、日本中でスペイン風邪が蔓延している。

 ほぼ全ての学校は休校となっており、秋祭り等の人が集まる集会等は、全て自粛要請が出ている。

 全ての医師は、スペイン風邪治療のために駆けずり回っていると言っても過言ではない。

 そのため、私は真琴を連れて、本来なら医院まで行かねばならないのに、拝み倒して来てもらったのだ。

 医師を引き留めること等、出来ようはずが無かった。


 実際、真琴はその日の内に亡くなった。

 本来の火葬場は満杯だったので、真琴は臨時の火葬場で野焼きによる荼毘に付された。

 私は真琴の遺骨を骨壺に入れ、涙にくれざるを得なかった。

 真琴、どうして私に先だったの。

 子どものあなたが、私を看取ってくれる筈なのに。


 更に続けての衝撃が、私に襲い掛かった。

「兄さんが亡くなった」

「ああ。遺骨を受け取りに行ってくる」

 私とそうやり取りをした後、父は母を連れて、兄が収監されていた刑務所に赴いて行った。


 第一報の刑務所からの電報では、兄が亡くなったことくらいしか分からなかったが、両親が刑務所で詳しい説明を聞き、兄の遺骨を引き取って帰ってきたことで、私にも詳しい事情が分かった。

 兄は、刑務所内でスペイン風邪にり患して、不十分な医療によって肺炎を起こし亡くなったということらしかった。

 とは言え、私と両親は刑務所を非難できない。

 刑務所内でもスペイン風邪が蔓延していたからだ。


 私は更なる衝撃を受けてしまった。

 並行した前世の記憶では、兄はまだまだ生きれた筈。

 だって、会津から東京に出てきた私と両親、それに千恵子を、東京にいた兄は暖かく出迎えて庇護してくれたのだから。

 結果的に、恩を仇で返す様なことを、私は兄にしでかしてしまった。


 千恵子がスペイン風邪に罹らなかったのが不幸中の幸いだった、と私は自分で自分を慰めたが、そんなことで真琴、兄と近しい身内2人を相次いで失った衝撃が、私から消える訳もない。

 特に兄に対して自分がやったことが、私には悔やまれてならなかった。


 第一次世界大戦終結に伴って、彼は翌年の春に凱旋してくるのだが。

 その直前の頃まで、私はふさぎ込んで過ごした。

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