第12話
そんなトラブルが前々世では起こっていると知る由もない義妹の鶴子は、屈託のない笑顔をしている。
「ああ、千恵子を貰って帰りたい。真琴は篠田家の跡取りだけど、千恵子は違うでしょ。本当に可愛い」
「ダメよ。二人共、可愛い私の子なのだから。自分で産むのね」
「姪なのだから、貰って帰りたい」
前々世で千恵子を姪と中々認めなかった鶴子は、軽い我が儘を言い、私は笑って流した。
彼が出征したとはいえ、彼の家は崩壊せずに済んだし、いい方向に向かっている、と思っていた私に思わぬ衝撃が襲い掛かったのは、鶴子が自分の家に帰った直後だった。
「兄さんが」
「ああ」
私達だけになるのを待っていたのだろう、父は私に衝撃的な話をした。
私の兄は、篠田家の家督相続人から廃除されたとはいえ、私の兄であることに変わりはない。
その兄が、詐欺で逮捕されたというのだ。
詳しいことは、後で分かったのだが。
証券会社の従業員として、廃除された後も兄は働いていたが、こういう話は、どうしても周囲に漏れてしまうものらしい。
周囲から実家からも捨てられた男だと見られ、それを知った顧客の信用も落ちてしまう。
そして、信用を取り戻そうと仕事を黙々と頑張っていた兄が、ある顧客に勧めた株のことで、その顧客が損をしたのが発端だった。
そこまで勧めるのなら、個人保証をしてくれ、それなら君の言葉を信用する、とその顧客に兄は言われ、最初は断ったのだが、断り切れずに保証書に兄は判を押してしまったらしい。
更にその顧客が騒ぎ立て、兄から個人保証をすると言い出した、と主張したことから、逮捕されたということだった。
悪いことに、その顧客の親戚にそれなりの大物がいたらしく、兄の弁解を兄の勤務する証券会社や警察は聞いてくれなかったらしい。
「それで、どうなりそうなの」
私は兄のことが心配でならなかった。
「当然、勤務先は退職金も出ずにクビになった。更に、被害者が騒ぎ立てるので、裁判になるのは間違いないとのことだ。我が家には、腕のいい弁護士を頼める費用も無いし、その被害者に弁償する金も無い」
父は沈痛な表情をして、そう私に半ば呟くように言った。
「そんな」
私はそう呟くしかなかった。
あの時の私には、兄を廃除することで、そうなるなんて、兄が破滅するようなことが起こってしまうとまでは思いもよらなかったのだ。
「少し幸いなことは、息子が廃除済みなことだ、お前達のところに、その顧客が被害弁償をしろ、と押しかけてくるようなことはないだろう」
父は、そう言い、私はその言葉に肯かざるを得なかった。
そして、この話は少しずつ周囲に広まった。
「お兄さんを廃除しておいて、篠田さん、良かったわね。廃除していなかったら、あなたのところにまで、とばっちりが来ていたわね」
私の知人が、私にそうささやき、私は黙って肯くしかなかった。
実際、兄を廃除していたために、流石の例の顧客も、私達のところにまで、被害弁償をしろ、とは言ってこなかったのは事実だったからだ。
少し話は先走るが、この後、事案的には無罪判決になってもよさそうなものだが、被害者と称する顧客が騒ぎ立てたためか、または、被害弁償を兄が出来なかったことが、余程、刑事裁判の裁判官の心証を害したのか、兄は初犯にもかかわらず、実刑判決を受け、収監されてしまった。
両親は折を見て、受刑中の兄の面会に行き、兄を励まし、慰めようと試みた。
そのことを見る度に、私は心を痛めることになった。
今回の兄の事件を、兄の自業自得ということは、私にはとてもできないからだ。
とは言え、今更、私にはどうしようもない。
少しでも早く、兄が刑期を務め終えて、釈放されることを私は願うしかなかった。
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