第11話
会津若松の実家につくと、彼の妹の鶴子さんが来て、真琴と千恵子の世話をしてくれていた。
「どうも、ありがとう」
「いいえ、気にしないで。私にとって可愛い甥と姪ですもの」
私と鶴子は、笑顔で会話した。
だが、その裏では私は前々世でのトラブルを思い出し、複雑な思いをした。
前々世で千恵子を産むのに、私は大変な苦労をした。
両親の目を掠めて妊娠中絶が絶対不可能な時期になるまで、私は妊娠を隠さねばならなかったのだ。
妊娠早期の頃なら、まず確実に両親から私は妊娠中絶を迫られていただろう。
幸か不幸か、生活に追われた両親は、私の秘匿工作に気づかなかった。
(それに前々世での千恵子を妊娠した時は、つわりが軽く済んだ、そんなにお腹も目立たなかった、という幸運にも恵まれた。
そのため、真琴を妊娠した時、私は妊娠ってこんなに辛いものなの、と逆に驚いたくらいだった。)
後1月もしない内に千恵子が産まれるという時期になって、私は両親に泣きついた。
彼に騙された、彼に誘われて何回か関係を持ってしまい、妊娠してしまった、どうしようと迷っている内に、もうすぐ産まれる時期になってしまったと。
両親は驚いて、私と一緒に彼の実家に押しかけた。
彼の実家も、当然のことながら初耳で慌てふためくことになった。
彼の実家は、家の息子はそんなことはしない、私から誘ったに違いない、ふしだらな娘を持ったことを恥じるべきだ、そもそも本当に息子の子か、とけんか腰になった。
目の前の鶴子が、何度も私を面罵したことを思い出す。
「この浮気女、どこの誰とも知れない子を、私の甥か姪にするつもりね。兄さんの子の筈がないわ」
そうこうしている内に、千恵子が無事に産まれた。
こうなると周囲の人にも話が広まってしまう。
私の産んだ子は、彼の子だ、彼は深い関係のある妊娠した幼馴染を捨てて、出世のために上官の娘と結婚した、という噂が一度に広まった。
私に同情した私の同級生達、特に簗瀬さんが音頭を取って、周囲の人の彼の家への総攻撃が始まった。
この時、私は呆然とする他は無かった。
ここまでの事態が引き起こされるとは、本当に予想外で、私は全く思っていなかった。
私は彼と合意の上で関係を持ったのだから、とそれとなく簗瀬さん達を止めに掛かったが、正義感に駆られた簗瀬さん達は止まらなかった。
「あいつが、あんな男とは知らなかった。許せない。それにあいつの家も、何であいつを止めなかった」
簗瀬さんは、私にそう言った。
今となっては、裏の事情が分かる。
彼の家は、私の兄の事から、本音では私との結婚に反対していたのだ。
だから、彼が私と別れて、岸忠子と結婚すると言い出した時、それに賛成したのだ。
岸忠子が、せめて子を産んで落ち着くまで待ってくれ、という彼の家の主張は、何とか周囲の人に受け入れられたが、ある意味、それは彼の家にしてみれば、針のむしろに座る時間が長引いただけだった。
岸総司が産まれた後、私と私の兄が岸家を訪れて、今回のことを伝えたところ、彼の遺言書を示された。
そのことで、ある程度の誤解は解けたが、今更、周囲の人も拳の振り下ろしどころに困ることになった。
結局、彼の家は全ての土地と建物を売り払い、会津から去ることになった。
これ以上、周囲から村八分にされているよりは、ということだったのだろう。
その売却金等が慰謝料と千恵子の養育費等として、私に渡された。
だが、この後始末は、私にとって、極めて後味の悪い話だった。
私は、彼の家を崩壊させるつもりは無かったのだ。
私は会津を去ることに決め、両親と共に東京の兄の下に赴いた。
幸いなことに、彼の家から渡された金と岸家から渡された彼の遺産の一部があった。
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