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第10話

 1916年の年末を迎えようとする頃、私は彼の欧州出征を聞き、不安に駆られていた。

「名誉の戦死なんてしないでね」

「そうならないように努めるよ。真琴に千恵子、二人の子を遺して死ねないよ」

 私の言葉に、彼は屈託なく答えるが、その言葉は、私を更に不安にさせるだけだった。

 思わず口に出したくなるのだ。


 私の前々世のあなたは、4人の子を遺して、あの世に逝ったのよ、と。


「それにしても、どこにあなたは配属されるの?」

 陸軍が欧州に赴くと言っても、実際に陸軍の部隊として赴くわけではない。

 海兵隊の一員として、陸軍から出向という形なのだ。


 私の問いかけに、彼は即答した。

「第4海兵師団所属の第12海兵連隊だったかな。そこに配属されると聞いているけど」

「第4海兵師団?」

 私は驚愕した。

 確か、そこの師団長は。


「第4海兵師団の師団長は確か」

 私の言葉を全て聞かずに、彼は口を挟んだ。

「岸三郎提督だ。新選組の碑の守り人として知られた島田魁さんの甥っ子だな」

「そうなんだ」

 私は自分の顔色が変わったことが、彼に覚られないように、慌てて顔を背けた。

 まさか、将来、彼は岸提督の娘、岸忠子と不倫関係を結ぶのではないだろうか。

 私は、そこまで瞬間的に考えを進めてしまっていた。


 その一方で、彼は私からすれば嬉しい情報も持っていた。

「取りあえずは、ジェノヴァの港に上陸して、北イタリアで訓練等に励むらしい」

 彼の言葉は、私をほっとさせた。

 それが本当なら、マルセイユの街娼、ジャンヌ・ダヴーと彼が逢うことはない。


 そうこうしている内に、彼は本当に欧州に出征してしまった。

 横須賀港から出航する彼の乗った輸送船を、横須賀港まで私は見送りに行き、水平線の彼方へとその輸送船が消え去るまで見送った。

(厳密に言うと、その輸送船は輸送船団を組んでいたので、その船団が消え去るまでだったが。)

 そして、帰宅しようとする私に思わぬことが起きた。


 何故に分かったのかは、私には分からない。

 だが、直感的に覚ったのだ。

「失礼ですが、村山キクさんですか」

 私は思わず声を掛けた。

「はい、そうですが。どちら様ですか」

 彼女はそう答えた。

 村山キクが港にいたのだ。


 彼女の返答からして、彼女に私の記憶が無いことは、私を驚愕させた。

 ということは、この世界に他の3人は来ていないのか、私はそこまで考えを巡らせた。


 取りあえずは誤魔化そう、私はそう急いで考えた。

「いえ、料亭でお見かけしたのとは雰囲気が違ったので、別人かと思ったのですが、どうにも気になって」

「ああ、料亭で私を見かけられていたのですか。お座敷に上がっている時では無いので、平服です。雰囲気が違うのに、よく分かりましたね」

 私の説明を、村山キクは疑いもせずに信じてしまい、私はホッとした。


 私は、横須賀から列車を乗り継いで、会津若松の故郷へとあらためて向かうことにした。

 年末年始の帰省の際に、真琴と千恵子を会津の実家に連れて行き、一時的に預けている。

 彼が欧州への出征中は、私と子ども達は、故郷の会津で過ごす予定にもなっていた。


 列車の中で、私は想いを巡らせた。

 前々世とは、全く違う世界を私は歩んでいて、この世界では、私しか前世の記憶持ちはいないらしい。

 そして、前々世と私の周囲の人の多くが違う人生を歩んでいる。


 前々世での今頃、彼は戦死しており、彼の実家は崩壊寸前の有様になっていた。

 私の周囲の人は、私と彼が幼馴染からの深い付き合いなのをよく知っている。

 だから、私が千恵子を産んだ際に、私の周囲の人達は、彼の実家を冷たい人達だ、として村八分にして攻撃するようになっていた。

 だが、この世界では、彼の実家と私は円満な関係を築いている。

 私は幸せだった。

 女主人公の篠田りつは知る由もないことなので本文では描きませんでしたが。

 村山キクが、この時に横須賀港にいたのは馴染み客の海兵隊士官達が欧州に赴くのを見送るためです。


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