剣道部室蛾神話体系
トモハル、テルオ、サトル、タケマサ、ジュンジロウの五人はプレハブの剣道部室に閉じこめられていた。
「調子のってトランプし過ぎたな」
「ただ僕は楽しかったよー」
「もう一度するかと聞かれたら、俺はすると答えて見せよう」
「外見て言え、外」
「これ本当スゴイな」
裸電球の明かりを求めて窓にはびっしりと蛾が張り付いていた。一平方ミリメートルの隙も無くびっしりである。正直異常現象を疑いたい。
「これ開けた瞬間入ってくるよな?」
「多分、扉の方もびっしりだ。窓から見える色が茶色い」
「さっさと帰れっていうのはこういうことだったんだな」
「分かるかよ!」
「うぅー、顔に当たりそうで嫌だ……」
「電気消したら散らないか?」
「どうやって帰るんだよ。真っ暗だぞ」
なあ、と、ジュンジロウが手を上げる。
「考えがある。帰らなければいけないからな。とりあえず今、唯一の光源の電球を、そっちの窓まで移動させて、できるだけそっちに集めてから扉開けたら外に出れないか?」
「ひきつけるのか」
「ジュン君、面白い案だと思います」
他に案も出なかったのでみんなで天上からコードを外して窓の近くに置いた。
「じゃ、開けるぞ」
「顔ガード」
「とりあえずこの回りくらいだろうから、突破しよう」
「よし」
うなずくと、扉を開ける。
瞬間、モ゛ッと茶色いもさもさがなだれ込んできた。
「に゛ゃーーーー! うわ゛ぁーーーー!」
「何だ、この……まるで巨大な獣の腕……」
「なるほどトトロの腕だと思えば……ごめんキモい」
「ムリムリムリ濁流じゃん!」
「備品室に逃げろ!」
一瞬で電球がおおわれて薄暗くなった中、一同は何とか出口ではなく隣の備品室に逃げ込んだ。ここは防具や竹刀の予備とか頻繁に使うわけではないその他の道具が突っ込んである。
「閉めろ閉めろ!」
最後に逃げ込んだトモハルが扉を体当たりするように閉める。
「何だアレ、何だアレ」
「こう、もふぁーっと、わふぁーっと……うぅ、脇から入った気がする」
テルオは感触を払うためか、しばらく腕を身体にこすりつけていた。
「これもうどうなんだよ……」
「あれ、ジュンジロウは?」
一瞬の沈黙が訪れた。
「……向こう?」
「むっ……!」
無理、と言いかけて止めた。しかし全員が同じことを思ってしまった。
ここを開けて助けに行く? 無理じゃね? と。
「尊い犠牲だった」
「とりあえずここの電気をつけよう。窓閉まってるよね?」
「大丈夫、閉まってるよ」
電気をつけた。
『寝たら死ぬぞ!』
壁にでかでかとそう書いてある。普段は一年生はこの部屋にあまり入らないから知らなかった。
「これは……どういうことかな?」
「もう俺が知るかっ!」
「あの、コレ、……お札かな?」
テルオが指さすと窓に札らしきものが張ってある。そしてその周りだけ、向こう側に蛾が寄っていない。ぽっかりと穴が開いていた。
「何だよコレ……。いや、でも、もしかするとこれがあれば……」
トモハルが恐る恐る手に取る。
……ポッ、と小気味良い音を立ててお札は燃えてなくなった。
「おいー! おいーいっ!」
「あはははは、ばーか、ばーか!」
「いやいやいやいや……ごめん……」
「大丈夫誰か手に取ってた。あ、そうだ」
今度はサトルが提案する。
「寝るな、って事は逆に朝まで起きてれば助かるのか?」
「あ、俺知ってる。こういうときに寝ない方法」
「え? あれやるの? 伝説のアレやっちゃうの?」
「何それ?」
それは雪山で四人の男が遭難した際、たどり着いた小屋で行ったとされる。四角い小屋の四隅にそれぞれが立ち、一人が壁を伝って隅まで行く。そこで隅にいる人にタッチし、タッチされた人がまた壁を壁を伝って進み隅の人にタッチ、を繰り返して互いに起こし合うという、『五人いないとできない』行為。無事下山した後、男たちは四人でなぜかこの行いができてしまったことに恐怖したとういう。
サトルは眼鏡を光らせて言った。
「むしろ一人増えてくれたら心強いという心構えでいこう」
「どういうことっ!?」
「むしろ百人いないとできないルールでする?」
「どうするの? 一歩ごとに前の人の肩叩くの?」
「ああもう! もういいわ! やろうぜ!」
タケマサはキレた。今の出来事とこの世の不条理に憤怒した。そしてやることにした。
「じゃあ、いくぞー」
「「「「おー」」」」
トモハルからスタート。
「はい」
「ほい」
「ほら」
「えい」
ぽす。
「誰だっ!」
トモハルが振り返ると、目が六つで口が二つの誰かがいた。
「マジ誰?」
彼は無口だった。
「うし、じゃあ、次は六人必要なバージョンでやるぞ!」
タケマサが提案した。
……。
……。
「おーい、テルオ、どこだー?」
「うーん、こっちー」
備品室は召喚された良く知らない人ですし詰め状態だった!
「テルオか!」
テルオではなく口が額から顎まで縦についた誰かだった。
「ごめん間違えた。……こっちはテルオか!」
「テルオじゃないぞ」
ジュンジロウだった。
「すまん間違えた」
「いい」
トモハルは誰かたちをかき分けて進んで行った。
「おーい、テルオー、サトルー、タケマサー、ジュンジロウー」
そして剣道部は部員百名を超える巨大部活動になった。