グレーテル
家に帰ると台所のテーブルにカエルが座っていた。
「待て! 違うんだ! 兄だ!」
兄さんだった。
「なぜ?」
「分からん。さっき魔女っぽい人が現れてこうされた」
「仮に兄さんだとして」
私は椅子に座った。
「お母さんはどうするの?」
「それなんだよ」
私たちの母親はカエルがとても苦手だ。
「どうしよう」
「一応、気合で受け入れてくれる……かもしれないしダメかもしれない」
母の愛はとても偉大だけど、それでも受け入れた笑顔はちょっと引きつってると思う。
「叩きつけたりしたら戻らないの?」
「うっ……! それは、戻るって言われた。待て! だが俺は死ぬ!」
「どういうこと?」
「多分戻るんだろうが、それは同じ俺だけどこの俺じゃない! カエルの俺が死んで人間の俺が出てくるってことなんだ。よくわからんが今の俺にはそうとしか思えないんだ」
ふむ。
「受け入れてもらうとして、どうやって証明するの?」
正直喋るカエルというだけで問答無用でつぶされる可能性がある。いやそれで戻るならもうそれでいいかもしれない。
「そうだな……何か、家族しか知らないようなこと話すとか?」
「たとえば、はずかしいこととか? 兄さんの恥ずかしいことって?」
「……小学校の参観日にしっこ漏らしたこと」
「へぇ」
「うおぉぉおおお! 今この状態のダメージがすごい」
「ただいま。え、なにそれ?」
兄が帰ってきた。
テーブルの上のカエルと私と兄さん。ビシリ、と音を立てて空気が固まるのが聞こえた。
「プゲッ!」
私はテーブルの上のカエルを鷲掴むと床に投げつけて潰した。
「えっ? えっ?」
何のことはない魔女に変えられたとか言っていたカエルが魔女だっただけのこと。一件落着。
と思いきや。
ボン、と冗談のような音がしてカエルが兄になった。元カエルの兄は立ち上がるや否や、今入ってきた兄に右ストレートを叩き込んだ。
「くそう死んだ痛い。てめぇ何しれっと俺の恰好して出て来てやがる!」
入ってきた兄の方はしばらく顔を抑えていたが、手を放すといつの間にか見知らぬ魔女になっていた。
「くっ、妹ちゃんに『お○ちゃん!』と言って抱き着いてもらう作戦が!」
「いきなり人をカエルにするような魔女、お兄ちゃん認めませんからね!」
「元カエルのお兄さん」
私は後ろから肩に手を置く。
「私の兄の恥ずかしい記憶は、デパートで私を連れて迷子になって最終的に私の案内で戻ってきたことです」
私が確信をもって、首をつかむと兄さんはみるみる内に再びカエルになった。
魔女の方は薄れて消えた。
「兄さんは何処ですか?」
「に、二階にいます」
「よろしい。うちの家族はカエルは食べたことがないと思うので新奇な夕食になると思います」
「ゆゆ、許してくださいぃ」
おや。一部とはいえ私の一部になれるので喜んでいただけるかと思ったのですが。
「では二度と、『絶対に』現れないでくださいね」
「はい」
そういうとカエルはいなくなった。
二階の自分の部屋にいるのなら兄さんはしばらく二階から降りてこないだろう。ちゃんといるか後で確認に行くとして、一休みしたくて私は椅子に腰かけた。
「お母さん、早く帰ってこないかな」