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叔父上探訪

「叔父上、おられるか! 失礼する!」


 松之定は山中のボロ屋を訪ね、引き戸を開けた。

 中は生活のためのものと木工の工房が半々で、生活できるといっても常に木屑まみれだろうと思われる。


「む、もうおらぬのか」


 旅装束のまま上がり込むんだ松之定はそう判断した。

 工房の棚は7割ほどが作品で埋まっており、全体的に掃除されているが道具はしばらく使われていない。

 おそらく探している叔父上はもうここからは旅立っている。


 棚から木彫りのウサギを手に取ると、松之定は残念そうにつぶやいた。


「今回こそ今一歩追いついたと思ったのだ――」


「誰だ!」


 誰何されて振り返ると入口におなごが立っている。農民の風情であるし、おなごと言っても扱いはもう大人だろう。


 ここに住んでいた者の甥だ、と松之定が答える前に、手に持っていた木像に気づいたおなごが目の色を変える。


「盗人か!」


 農民装束のどこに持っていたのか短刀を取り出すと一瞬で距離を詰めた。


「わわわ! 待たれい待たれい! 甥じゃ! ここに住んでいた者の甥じゃ!」


「たわごとだ! カンボク殿に甥などおらん!」


「いやいや、確かなはずじゃ! ここの木作には見覚えがある! 叔父の作じゃ!」


 短刀が松之定に突きつけられて止まる。しかし、松之定はこの状態では突かれても大した怪我にならないことを鋭く見抜く。


「そんなことが分かるものか」


「いや、叔父は姿を隠すのが上手くて何度か移った後の居を訪ねたから分かる。というか、聞き返すがそのカンボク殿の生まれなど確かなものはわかるのか? 確かに違うと言うならそうなのかもしれんが」


 そういうとおなごは黙った。

 強硬な姿勢はこちらのことを聞き出す方便だったらしい。


「おそらくカンボク殿と名乗ったその人は私の叔父だ。そして私は岩永城の跡取りじゃ。つまり叔父上も大名の血筋じゃな」


「な、そんなことが……!」


「まぁ、あるんじゃ。叔父上はしばらく前に出奔されてお家どころか世俗とも関わらる気はないみたいじゃがな。まぁ、今から戻るのも無理じゃろう。探しておるのは私が個人的に会いたいからじゃ」


 特に隠し立てすることもなく松之定はすべてを説明してしまった。


「ところでお主、先ほど腹を気にしたが、まさか叔父上と子でも成したか?」


「なっ……!」


 みるみる内に顔を染めた朱が明確な答えだった。


「はっはっは! 叔父上は決めたことには頑固な性質だったはずだが、よほどお主が大切だったか、あるいはお主がよほどの手練れであったかだな」


「お、お前のようなものが武士であるものか! 私なんかに簡単に脅されているくせに!」


「はは、まぁ、もしいざとなるようなときは」


 松之定は手に持ったウサギに目線をやった。つまり「いざというときはこいつを盾に」。


「お前……!」


「はっはっは! 許せ! 叔父上の前で特段面白味のない嘘はつかぬことにしていてな! それにお主の仁徳を見込んでのことよ! 悪い気はせぬであろう?」


 む、この言い様は叔父上らしいな、等と言っている松之定を見て、おなごは短刀を下げた。


「……ついてこい。甥だと言うんなら、案内してやる」


 そう言うとおなごは小屋から出て行った。





 小屋より少し上ったところに、その木像は鎮座していた。

 松之定は一目で悟った。


「墓か」


「そうよ。3月前に埋めた」


「そうか。もうおらぬのだったか」


 木像は風雨で既に削れ始めていたが、それこそ叔父の望みであるようだった。肉体が消え去り、残されたものの傷がふさがるまであればそれでよい、とでも考えたのではなかろうか。


「ついに追いつけなんだ」


 松之定は今知ったはずだが、古傷が痛むような心地であった。


「甥が訪ねてくるかもとは聞いていた。それ以外は私は何も。この墓は私がもらったからあげられないけど、小屋のだったら何も言われてないし、いくつか持って帰ってもいいわ」


「いや、遠慮しよう。叔父上が何も言っていないなら、あれらはお主のものだ。一目で私に宛てたとわかるものもなかった故、私にはもう十分なのだろうな」


 おなごから聞きたそうな雰囲気を感じ、松之定は続けた。


「言ってなかったか。まだ私が小さいころに、いくつか木作をもらっていてな。細工がしてあって、遊んでいるとそのうち中から手紙が転がり出てきた。まぁ気づいたのは叔父が城を出た後だったのだが、礼もできなかったな」


 しばらく沈黙が続いた。遠くで風が木を揺らす音が聞こえた。


「さて、お主、叔父上の事、感謝する」


「もういいの?」


 おなごの目には、松之定はもっともっとここに居れるように見えた。おそらくおなごよりも長く。


「必要十分であるかな。今の私には、これでよかろう」


 山を下りようとして松之定は一度足を止める。


「そうそう、何か困るようなら、あの木作らは売ってしまうがよい。岩永城の時期城主などは否とは言わず買ってくれよう」


「そうか。いざとなればそうしよう」


「ああ、いざとなればだ」


 そうして松之定は帰っていった。

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