表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

朝コーヒーを流し込んで飛び出したから

「なつみ、伏せろ!」


 そういって小学生を引き倒す。

 直後、閃光弾がさく裂した。

 素早く物陰に隠れて、町民体育館の裏側に回った。


 ゾンビたちは二人を見失ったらしい。


「い、いい、今のは?」


「ああ、閃光弾だ。高校生はみんな持ってるよ。授業で使うし」


「えええっ! 高校生って、すごーい!」


 ウ・ソ。


「え? というか、投げておいて今更だけどゾンビに閃光弾って効くんだな」


 5月29日午前8時、世界はゾンビに包まれた……かは定かではないが、少なくともなつみと剛の周りにはゾンビしかいなかった。

 うーうー言う声や何かが動く音はそこら中からするが、人がいそうな気配はない。

 町内放送がかかったりもしないし、車が走っているのも見かけないので町内(というかこの町は「町=島」なので島内)はゾンビだと思っていいだろう。


「これからどうしよう?」


 近所の女子小学生であるなつみがひそひそ声で聞いてくる。


「年上の英知を発揮できなくて悪いが、こんな状況、何を考えればいいのかわからないな」


 今の状況で十歳前後の脳みそと十六歳の脳みそに対した違いはない。が、言っている途中でなつみが不安に思うだろうことに気づいて思いつくままに続ける。


「まーまず食べるものと、あと島の外まで行ってみるか。って言っても歩きだよな……」


 島から日本本土には橋が一本ほどかかっている。しかし橋までは車で二十分と少し。いやそれは運転が荒い剛の父親の話なのでもっとかかる距離だ。

 小学生を連れて歩けば半日以上。今の状態なら一日かかってもたどり着くかどうか。


「車、とかは?」


「高校生はまだ運転できない……いや、この日常時なら許されるかな? どうやってやるか知ってる?」


「えっと、アクセルと、ブレーキが、ある」


「うんうん、よく知ってるな。でも俺も確か左上に入れるらしいことしか覚えてない」


「えっ? 左上? 車を左上に入れるの?」


「えっ? いやなんかがこがこするのがあるじゃん? あれ」


「えっ? 上のこと?」


「えっ? いや左上……、よそう。たぶん無理。そもそもまず鍵がいる」


「鍵、探せないかな」


「ふむ」


 ゾンビ状態なので定かではないが、確かに剛の家でも鍵は見つけやすい場所に置いていた。探すだけなら意外と簡単に見つかるかもしれない。


「ただ、ゾンビがなぁ」


 そういえば逃げている最中に車の中に座っているゾンビもいた。詳しく見てないがぼーっとしていただけの気がする。

 車の中にいるということは鍵もついているかもしれない。が、ゾンビをたたき出して車を奪う、ということが能力的にも精神的にもできるのか。


「家の中にゾンビがいたらやっぱり探せない」


「そっか……」


「でも一つ気づいた。情報が必要だな。そういえばこういう時は情報が何より大事なんだった。漫画で読んだ」


「なるほどー。でもどうするの?」


「……とりあえず、こっそり周りを見てみようか」


 隠れている町民体育館の裏手は道路から見えないように葉の多い木が植えてある。その葉からこっそりと顔を出して道路の様子を見てみる。


 向かいの病院にゾンビが群がっていた。


「あれは、治してってことなのかな?」


「どうだろう。もしかしたらあの病院が原因で、恨みをぶつけているのかもしれない。それか建物には群がるのがゾンビの習性なのかも」


 とりあえずコンビニとかで食料を確保して誰でも入れる施設に閉じこもる作戦の株が下がった。


 と、そのとき。

 ごろり、と音がしたかと思うと、植木の前をゾンビが通った。そのゾンビはおばあちゃんだったらしく、ベイビーの代わりにお菓子とかが入るベビーカーみたいな、おばあちゃんがよく押して歩いているアレを押していた。ごろりと音を立てたのはこれだ。

 そして当然腰が曲がっていて、その分顔の位置が低くて、その顔は後ろにケツを突き出して植木から覗いていた二人と同じ高さだった。

 ばっちり目が合った。


「……」

「……」

「……」


 おばあちゃんゾンビは押し車をごそごそやると、


「ケケーッ!」


 植木を飛び越えて襲ってきた。


「逃げるぞ!」

「はい!」


 飛びのいた場所におばあちゃんゾンビが着地。

 町民体育館の側面を一心不乱に走った。


「脚悪いんじゃないのかよ!」

「ケケケケケケケケケケケケ!」

「ゾンビっていうか物の怪のたぐいだな!」

「あっ」


 その辺から伸びていた植物のツタになつみがつまづいた。

 手は着いたが全速力だったのだ。いくらか滑って多分あちこちすりむく感じのこけ方をした。


「だああああああ、やっちまった!」


 気が付いたら剛は、なつみをかばう位置に立っていた。

 おばあちゃんゾンビが迫る。


 脳内を罵倒と、自己満足じみた歓声に擬態した罵倒が駆け巡り――


 ゾンビの手が剛の頭をわしづかみにした。


 そして剛の頭をなでると、袋に入ったせんべいを渡して去っていった。


「……」

「……」


 もう一度町民体育館の裏の植木を飛び越えるのがちらっと見えた。


 外から裏側に回ってさっきの病院を見てみると、玄関のガラス戸が壊され、中ではゾンビが待合室でぼーっと何かを待っていた。たまに診察室に入ったり出たりしている。


「剛にいちゃん、さっきはありがとう」


「おう。……学校行くか」


「うん。将来お嫁さんになるね」


「いらん。せんべい半分持っていけ。いや持って行ってください」


「うん」













 その日の夕方、金島高校臨時政府が成立して、2週間後に形骸化した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ