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江戸夜斬合之一篇

 江戸の夜に短い金属音が鳴る。


 二人の剣客が向かい合っていた。


「くっ、道場で噂を聞いたその日に出会うとは運がない」


 一人は武士らしい青年。


「シソウチ鯖之定とお見受けする」


 もう一人は頭巾と袴で全身を隠している。


「懐の金を渡す故見逃してはもらえぬだろうか? 仮に私が今夜のことを話しても怪談もどきと馬鹿にされるのがオチだろう」


「ではその刀をいただこう」


 青年はピクリと反応する。


「妖刀とも言えず、されど奇刀、怪刀、どの言葉でも捕らえられぬ稀代の珍刀『血吸いダルマ』。そなたの手には余るであろう」


「なるほど、狙いはこれか。何処で聞きつけたのか知らぬが……できないな」


「では」


 金属が金属を弾く音。剣客の一閃を青年が弾いたのだ。

 弾かれた剣が翻る。青年は大きくのけぞり、そのまま飛びのいて距離をとる。青年の頬に小さな切り傷が走った。


「腕ごともらい受ける」


 斬り合いが始まった。

 数合を交わし、青年は焦りが表情に出ないように必死で抑えた。

 なんとかしのげているが青年より剣客の方が腕が良いのは明らかだった。


「どうやら刀の力も使いこなせていない様子。利口な判断をしてはどうか」


「使いこなせずとも、家にはこれより良い刀はないのでな。すまぬが渡すわけにはいかぬ」


「ならばここで剣の道はあきらめよ」


「……それもならぬ」


 牽制として斬り返し、青年ははっとした。

 身をかわした剣客の足がいつの間にか踏み込んでいる。

 剣から片手を放す。


「ならぬならぬと、実力がなければ子供のワガママと同じよ!」


 着物と腕が少し斬れた。

 まだだ、返しでもう一度来る。

 放した手を峰に当て青年は返しを受けた。斬られた腕が痺れる。


「ぐっ! それでも、剣を手放しては……道場の愛い人に遠くなる! 拙者は千代殿と夫婦になるか……」


「ほう?」


 しかし青年はそのまま身体を寄せる。体当たりのような勢いだった。


「あるいはどうにかして多少嫌がられながらも床の上で千代殿をひいひい言わせたい!」


 それに対し剣客が身体をずらし、お互い刀を振りながら距離をとる……と見せかけて青年はその場にとどまった。

 斬られるが力の入った斬撃ではない。

 代わりに、青年は力を乗せて刀を振る一瞬を得た。


「破廉恥!」


 剣客はさるもので、即座に刀を振ってみせた。青年が打ち込んでいれば力負けはしないが受けられる形になっていただろう。打ち込んでいれば。

 剣客の刀は空を切る。


「拙者は」


 大切な一瞬にこそ騙しを挟み、青年は刀を避けると同時に上段に構えていた。


「千代殿の肢体を酒池肉林するために負けられん!」


 青年の一刀は見事、踏み込んでいた剣客の片足、その股関節近くを斬り落とした。


 胴体だけでも避けた剣客はやはり強い。

 青年が勝てるのは十戦ううちの一つか二つだろう。

 しかし青年はその一つをもぎ取った。

 青年をより強くする、そんな勝利だった。


 剣客は倒れて動かない。


「む?」


 しかし青年はおかしなことに気が付いた。

 剣客の足から血が流れていないのだ。いやそもそも、袴の上から人間の太ももを斬り飛ばすような実力が自分に合っただろうか。


「これは、なんと。土壇場でこの『血吸いダルマ』、使えるようになるとは」


 これこそ青年の持つ『血吸いダルマ』という刀の秘められた力だった。斬りとばされた部分からは全く血が出ず、斬られた本人も痛みを感じないという。それどころか数日もすればくっついて元に戻るとも。

 まるで刀が血を吸ったかのような奇妙な出来事をもって、この刀は『血吸いダルマ』と呼ばれる。


 かくのごとく強くはない刀だが、片足を斬り飛ばされては剣客も満足に動けはしない。


「失礼する」


 青年は仰向けになったまま動こうとしない剣客の頭巾をめくった。


「……」

「……」


 千代殿だった。


「えーと」

「……」

「拙者、うちの布団まで運ぶでござる」


 青年は斬り飛ばした足も拾って、千代殿を抱えると自分の家の布団の上まで運んだ。











「その、鯖之定殿、もう少し頑張っていただかないと」

「ぬぅぅ……なんの、拙者、数で勝負でござる」

「ぁっ、ん……その調子です……」

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