赤い実食べた
日がな一日PCに向かう。
もう、仕事として3年を過ぎようか
上達の程はさほどでは無く
さりとて、向上を目指しているわけでは無い。
平凡なものである。
PCは、MAC。OS9
目の前にあるモニターは、骨董品並の古い21インチ
とてもでかいヤツである。
会社は、パソコンの必要性は重々に感じてはいるが
それに経費を割くことはまったくの別問題である。
ふと、そんなPCで作業しているときに
モニターの右下角に目が行った。
直径2mmにも満たない小さな赤い丸が点滅している。
「なんだこれ?」思って、マウスを向けた。
マウスの矢印が近付くと、動いた。
まるでそれは逃げた。
矢印が止まると、赤い丸も止まる。
暫く放っておくと、また右下角に移動する。
そして、わずかに上下にふわふわと移動している。
調べてもウィルスでもなく、放っておけば害もないので
そのまま放置することに決めた。
会社に来て、PCを立ち上げると
まず右下角に目が行く。
マウスを近付ければ、逃げるのは変わらず
それでもそんな動作が日課となるのにそんなに日がかからなかった。
まるでPCの中に小動物を飼っているような感覚かな
そんなある日
僕は、仕事上でミスをした。
あわてて、データ修正を繰り返した。
耳もとで怒鳴る上司。
ここに居るよりも迷惑かけた顧客にフォローに行ってくれと思ったが
お飾り上司である。ミスの内容もわからずに
ただ、自分にどのような迷惑がかかって、昇級にどのように査定されるかと
言うことばかりを切々と訴えている。
「うざい」ただその一言に尽きる状態だ。
僕は早くこの状態から解放されようと
ただ黙々と作業を続けた。
だが、上司にはそれが面白くなかったらしい。
人が話しているときは、その人の目を見ろと
古臭いことを言い、挙げ句に机を叩き、PCが揺れた。
僕の目の端に赤い丸が大きく揺れた。
ごめんと心の中で謝った。
僕は、ミスした仕事を完成させる方が先だと
上司の目を見ずに、作業を続けた。
それは、上司の機嫌に油を注ぐ結果となった。
上司の左手が、僕の肩を掴み
振り向かせようと、さらに上司の右手がモニターに触れた。
次の瞬間、僕の目の前には鮮血が溢れだしていた。
真っ赤に染まる机、PCそしてモニター
上司の悲鳴が部屋いっぱいに響いた。
僕は、あわてて席を立った。逆に上司は、僕の足元へうずくまった。
悲鳴を聞いて、他の席の同僚や別の部屋にいる社員達の走ってくる音がした。
ほどなくして救急車が来て、上司はそれに乗せられ病因へ行った。
僕は、傷害罪で警察に連行された。
調べても、僕の机の上に凶器は無い。
カッターやハサミすら他の女性社員から借りているのだ。
ほどなくして、取調室で上司の容態が報告された。
右手が手首から先切断されていたそうだ。
僕の机周りに上司の手首は無い。
僕は、取調室で小さな机のパイプイスに腰掛けている。
正面にはドアがあり、ドア横にも机があって
取調べ内容を記帳している男性がいる。
僕の目の前には、定年間近だろうか、初老の刑事が座って聞いた。
「なにがあったのか話して欲しい」
長い人生経験を感じさせる彼は、とても穏やかな口調で
しかしはっきりとした言葉使いで聞いた。
「僕は、なにもしていません」
「では、誰が彼に怪我をさせたのだ?」
「僕ではありません」
まっすぐに刑事さんを見る僕に、刑事は深いため息をついて聞き直した。
「では、なにがあったのか話してくれるかな?」
僕はうなずいた。
「刑事さんは、クリオネって知っていますか?」
「クリオネ?知らないな」
「北海道の流氷の下に暮らす小さな生き物なんです。」
「それが?」
「僕の使用している会社のPCに住み着いたらしいです」
怒っていた上司が、僕の肩を掴み
振り向けようと力を入れたとき、右手をモニター上につけた。
その瞬間、あの2mmにも満たない赤い丸が
画面いっぱいに真っ赤な触手が広がり、
そして手を食ったのだ。
音も無く、ただ静かに真っ赤な画面は
救急車が着く頃には、元のモニターに姿が戻っていた。
遠く離れた僕には、あの赤い丸の存在すら確認できなかった。
まだあれは、そこにいるのだろうか?
矢印を向ければ、逃げるような大人しい君に
騒々しい世界は嫌だったのだろうね。