43 とある お客様 第一号
あー、腹減った…
触手がモジャモジャした1頭身サイズの魔物を狩りながら自分の燃費の悪さを嘆く
ケイくんが作るラーメンという料理を万全の状態で食べる為に朝と昼を抜いたのがここまで響くとは…
「モチちゃんー、おっさん腹へってもうダメだからもう帰ろう、モジャルルの触手もこんだけあったら足りるって」
目の前にいるピンク色の飲み仲間に狩りの終了を伝える
ケイくんがテイムした知性ある珍しいスライム モチちゃん、飲み仲間で今ではケイくんより俺の方になついてるんじゃないかと思うほど、狩りやらなんやらでいつも一緒にいる
「よっこいしょっと」
触手が何本も入った籠を背負いトータスの町へ向かう、あーでもまだ早いだろうなー…
ーーーーー
早かった…
ギルドへの納品を終わらせ セントーにゆっくり浸かってもまだ夕方、腹が減って町に早く帰ったのは間違いだった…むしろめっちゃ辛い、祭りにエントリーする為に旅の料理人達がトータスに集まって来る、その料理人達が屋台を開く…祭りは三日後なのに会場全体に美味しそうな臭いが充満している、あー腹が減った…
俺は 開店後直ぐにラーメンを注文出来る様にケイくんの店の前にある机に座っているが席を間違えたかもしれない…
今もずっと漂ってくる尋常ではないこの濃い香りが俺の心をガリガリ削る、香りの元をたどるとケイくんの前にある大鍋からだ…
…ほんと早く来るんじゃなかった、目の前にいたモチちゃんを枕に突っ伏す、時間よ早く過ぎろ…
俺の思いが通じたのかケイくんが動き出す
「…そろそろ開店しようかな?」
まだ開店時間まで大分時間があるが周りに集まってる人と俺の様子を見て心が揺れてるようだ、行け、開けろ~、ケイくんならやれる…
「うん…開けるか」
しゃーー、俺の悲壮感漂った姿が効いたのか、ケイくんが赤いヤツを店の前に吊るした、前に飲み会で聞いたことあるような気がする、開店中の印だ
「え…もう頼んでいいのケイくん?」
まだお預けだったら心がポッキリと折れる…
「待たせてゴメンって…エっさんには完成品を食べて欲しくてさ、ゴホンッ…では、ラーメン屋のお客様 第一号のエリックさん、ご注文をどうぞ 」
嬉しいこと言ってくれるじゃないか
「よっしゃーー生殺しにされ過ぎておっさんもう限界だ…ラーメンひとつ‼」
「かしこまりました」
その声と同時に調理が開始される、修行していたとだけあって動きに無駄がない、洗練された動きに かっこよさを感じる
湯気と共に舞う水しぶき、金色のスープと濃い醤油が混ざり合い琥珀色のスープに、その上にチャーシューなどが飾られていく…
「ラーメンお待ちどおさまです」
目の前に置かれる魔性の一杯、俺はその存在感に目を離す事が出来ない、もちろん見た目だけではないこの香りも俺を惹き付ける、異世界から来たケイくんの故郷の味 醤油 その香りと俺達の世界の食材が詰まった大鍋の中にあるスープが見事に混ざり合い、その濃い香りを肴にエールが飲めそうな位だ
いや、そんな事はこの際どうでも良い!
今は……俺はこのケイくんが作ったラーメンを一刻も早く食さねばならない(使命感)、というかおあずけをされ過ぎてもう限界だ…
「いただきます」
レンゲと呼ばれる大きめのスプーンを手に持ち、琥珀色のスープをすする
ズズっ……
すする音と共に琥珀色の液体が口に流れ込んでくる
「……」
口に入ってくるの情報量が多すぎて声が出ない…
恐ろしいほどの強烈な旨味と口に広がる醤油の風味……計算しつくされた様なこのスープ、身体の中にある水分とは全く別物のはずなのに全身にスープが染み渡っていくこの感覚…
間を空けずに箸を手に取る、ケイくんから事前に情報として少し聞いている、ラーメンは箸を使って すする 食べ物だと、過去にアルチーノ諸島を旅していた時に箸は使える様になっている
スープの中に鎮座する弾力ある麺を箸ですくい上げ口に入れる、そのまま唇をすぼめて一息に麺を吸い上げる
ーズズズ……ズズッ……
勢いよく吸い込む事で、スープの香りがダイレクトに鼻の奥まで入ってくる、スープの香りが更に立ち、風味がより深いモノへと押し上げられる
口の中に入った麺もパスタとは違うモチモチした食感と共に美味しさを爆発させる
…自然に次の麺へと箸がのびる
ズズ……ズズッ……ズ ズッ
……ズッーー…コリコリ…ズズ……ズズッ…はむッ ジュワ~ ズズ……ズズッ…プリンッ とろーん…ズズ……ズズッ…
止まらない……!
箸が止まらない…!
なにより麺を吸い上げる口の動きが止まってくれない!
合間に入ってくるチャーシュー達が奏でるアクセントを含めここまでノンストップで一心不乱にただラーメンを食す、正に魔性……魅惑魔法にも良く似た精神的攻撃にすらも感じる
これが……ラーメン……
動きが止まらかった箸に何も負荷がかから無くなり、気付いた時には俺は全ての麺を食し終えていた
「はぁ……」
美味しかったという感嘆の溜め息と無くなってしまったという悲しみの二種類の溜め息が同時に出てしまう
そして俺は最後の1滴まで味わおうとスープを飲む……いや、飲み干す勢いで両手で容器を持ち、口に近づけようとした
「エっさん、ストップ」
その前に、ケイくんからのストップが入いる
「エっさん、まだ物足りない無いんでしょ?」
「わかる…? おっさんの至福の時間が終わったよ…美味しすぎて夢中になりすぎて気付いたらもう無いの…もう一杯頼んでもいい?」
「はは、ありがとう、でもちょっと待ってて、ラーメンを待ってくれてる客が思ったより多くてさ スープにも限りあるから、 それにもう茹で上がる」
そう言って鍋からラーメン用のザルと共に俺が欲していた麺が姿を現す、シャッ っという音と共に水しぶきが上がり、俺のスープに入ってくる
「食べっぷり見てお代わりがいると思って替え玉を既に茹でてたんだ」
余ったスープに麺を入れるお代わりを替え玉と言うのだろう、替え玉…なんて幸せな響きだろうか
「ケイくん…ありがとう~」
俺はまたやってきた至福の時間を今度はゆっくりと噛み締めて味わおうと思う、なんか俺の机付近にめっちゃ長い行列が出来てるが知らん、至福の時間が終わるまでは絶対に席を譲るつもりは無い