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vol.3* 可愛い死者

それらは私の目の前に舞い降りるように降ってきた。


「な、何これ。」


目の前をヒラヒラと舞うその1枚の白い紙をパッと手で取って文字に目を通す。

シャナ達が運んできたその紙はどうやら仕事の内容が記されているファイルで、

いつもなら机の端にドサッと積まれているはずの物だった。

毎日少なくても50枚を超えるその紙に眼を通して、その人間の命を迎えに行った。

時間なんか関係ない。その配布された仕事を時間通りに終わらせるまで休みはない。


「え?たったこれだけ?」


それなのに、目の前に配られた資料はたったの1枚。その数に思わず独り言のように呟いた。

その私の声に答える者などなく、それは確かに独り言になった。

たった一枚。ライザで働いていた時には、それは大変な仕事だからと聞いたのに。


「わっ、この人、もうすぐだ!!」


その資料の中にある「時間」の項目にはもうすぐ時計が示す時が書かれていた。

私達死神がその時間に迎えに行かなければ、魂は地上を彷徨い続ける事になる。

そう、教わった事がある。

実際にそんな事をしてしまえば、世界の秩序は小さくとも崩れるため、狩り遅れた死神は厳しい処分を下される。


「いってきます。」


誰もいない広い部屋にぺこりと頭を下げて、小さな扉を開いた。

ライザやハーレスに与えられる力、それが下界へ通じる全ての扉を開く事と通り抜ける事ができる力。

そして人の命を狩ることができる、それぞれの道具を持つことが許され、人の命を狩れる力。

そうして私達は、仕事をこなしてきた。

人に見られることなく、その寿命の尽きた人々の魂を体という器から切り離し、天へと連れて行く。


(あった、あそこだ。)


下界に下りるとまず目に映るのは、白い雲。

晴天ならば霧のように薄い雲が顔にかかる。曇りの日ならば、すこし鬱陶しく感じさせる分厚い雲がお出迎えしてくれて

雨の日は一番嫌いだった。地上は見え難く、死者を探すのも一苦労な上に、冷たい雨が体を濡らすから。

しかし今日はとても天気がいいのか、霧もとても薄かった。

それから見えてくるのは、地上にびっしりと生えた家という建物。


その中でも一際大きい屋敷のような家に、今日死者が眠る。


「あの家だ」


大きな門に細い弦が何本か絡まり、その中のいくつかは枯れている。

その門の奥に立つのは、今まで見てきた家の中でもとても古く大きいものだった。

空を飛んでいた体をゆっくりとその家の傍に生えている大きな木に休ませる。

まるで中世のヨーロッパで嫌と言うほど見てきた家にどことなく似ている気もした。

小さな窓にレンガで築かれた、時代を超えて存在し続ける物だった。


「もうすぐ死ぬのか?」


さわさわと揺れる木に指を絡ませて、まるで誰かが私の頭を撫でてくれたように、木々を優しく撫でた。

こんなふうな気持ちになったのは初めてだった。


(様子だけ見ておこうかな。)


木は何も答えはしなかった。

この世に作り出された物には、『存在し続ける物』と『ただそこにあるだけの物』がある。

そしてこの屋敷は今、確かに存在し続けている。

その息はとても小さく弱弱しいが、必死に時の中で生きていた。

古びた壁にそっと手を触れるだけで、その外壁はポロポロと砂や石を落とした。

それから意識を集中させて、壁に溶け込むようにしてなかの通路に足を着いた。

これもまた死神に与えられた力の一つ。

この世界にある物はそれが生きていても、そうでなくても、自由に行き来できる力。


(案外明るいんだ。)


そこは2階の通路のような所で、床は古い木がむき出しになっている。

外から見ると中は薄暗く、闇を描いていそうだったのに対し、

小さな窓からの光は驚異的に屋敷に明るい光を取り入れていた。

その通路をしばらく歩いていくと、今日の死者がいる部屋にたどり着いた。

いままでとは違い、今日はたった1人で終わる仕事なので、時間が余るように感じ、

ゆっくりと堪能するように辺りを見ながら、茶色い扉に優しく触れた。

スゥっと吸い込まれるようにその部屋に体を通したときだった。


「・・・誰?」


コツと私の靴が床を鳴らす。しかしその音は生きているものには聞こえないはずである。

私は思わずその声に体を止めた。

その声の主に目をやると、黒髪の少女が大きなベッドに横たわっていた。

腰だけ起こして、こっちをジッと見てくる。

しばらくその少女をじっと見つめ返していると、少女はまた呟いた。


「貴女、誰?」


それは明らかに私に向けられた言葉である事に気づいて私は少女に駆け寄った。

まだ10にもならない少女であると、あの紙には記されていた。

髪は美しい黒で、漆黒さんと同じような匂いがした。


「私の事?」


普通の人にはこの姿も、この声も、私が出す音も何も聞こえない。

死者に何を話しかけても、私達の声は届かない。そう教えられてきた。

しかし、私はあまり驚かなかった。

たった一人、昔に、たった一人だけ、私を見つけてくれた人がいる。


「そう、貴女。貴女は誰?どうやってここに入ったの?何しに来たの?」


だから私の中では、この少女だけが私を見る事が出来るわけじゃないと思っていた。

この少女も私の事が見えるのだ。そう思った。

しかし、私は驚いていた。私を見れるのは彼女だけだと思っていたから。

昔に、一番最初に私を見つけてくれた彼女だけが私を見られるのだと思っていたのに。


「うーん・・・何て答えようかな。」

「じゃぁ名前は?」


誰?と聞かれて、『死神です♪』とはいくらなんでも答えにくい。

それならどう言えばいいのか、と考える私に、彼女は救いの質問をしてきた。


「私の名前は、璃風。」

「り・・ぶ。」

「瑠璃の璃に、風って書くの。」


にっこりと微笑んで見せると、少女がかもし出していた不安のオーラが少しだけ消えたような気がした。

それから彼女は2度ほど瞬きをした後、ゆっくりとその大きな瞳を閉じて言った。


「死神さんにも名前があるのね。」


私達には羽がない。天使や妖精、悪魔にも与えられた羽が、私達にはない。

しかし、人の命を狩る時にだけ、私達の背には大きな翼が現れる。

だから天使や妖精や悪魔達は言う。『死神が羽を広げる時 その魂は眠りにつく』と。

そんな私を見て、少女は『死神さん』と言った。

それが間違いでなければ、私が死神である事を少女は知っている。


「え・・と。」

「そんなに驚いた?私が死神を怖がらないから?」


幼い少女は核心をついてくる。


「貴女の名前は琴子コトコちゃん、だよね?」


話をわざとそらすように聞えるかもしれない私の声に、少女は優しく笑った。

その笑顔が、窓からの明るい光に照らされて、まるで天使のように美しかった。


「そうよ。」


私は天使に一度だけあった事がある。

とても美しくて、目を奪われた。ライザのほとんどは天使を憎んでいたが、私は天使が羨ましかった。

いや、ライザも皆羨ましかっただけなのだと思う。

神に愛される彼らが、羨ましくて仕方がなかった。それと同時に、自分の愚かさを悔やんでいただけなのだ。


「綺麗な子。」


私が思わず呟くと、少女は驚いて、その後またふふっと笑って見せた。

とても可愛く笑える子だ、と私は思った。

人間にはたくさん汚れた奴がいる。命を落として当然、地獄に落ちて当然。

もしくは地獄よりもっと酷い・・・死神になって当然な奴もいる。

けど、そんな人間が世の中の9割を、否、9.8割を占めていても、残りの0.2割は彼女のように綺麗なんだ。


「璃風には敵わないわ。」


真っ白な頬が優しく微笑み、その細い腕が私の頬に触れる。

そして音歌は、私が出会った人間の中で最も美しく、そう・・・天使さえも敵わぬほど綺麗だった。


「死神なんかが、琴子ちゃんに敵うはずがないよ。」


君はとっても美しいんだから。

どうして人間はあぁも汚れる事ができるのだろうか、そう思わせる奴ばかりなのに。

君は私に思わせるんだ。どうしてこんなにも可愛くて綺麗な人間が命を落として、汚れた人間が生きられるのだろうかと。


「ううん。貴女はとっても綺麗だよ?」


汚れたローブを羽織って、髪の毛もボサボサで、腰には常に魂を狩る道具を携えている。

こんな私を綺麗だというのなら、この世に生きるどんな汚れた者も綺麗だということになるだろう。

私はそう考えて、細い腕が伸び頬に触れる小さな手に手を添えた。


「ありがとう、琴子ちゃん。」


私がそういうと、彼女は安心したように目を閉じた。まだ時間まではしばらくあった。

今度目覚めるときは、彼女を狩らなければならないかもしれない。けど、不安はなかった。

彼女は眠った後、きっと天使になるんだろうから。


神に愛される、天使に。私達がなりたいと望み続けた者になるんだ。

私はなれない。そうなる事が許される生き物じゃないから。

神は私達にお怒りだった。ライザやハーレスに就かせられた者は皆、そんな神の愛を求めて仕事をする。

私もそうだった。


「私ね、死神にあった事あるけど。璃風ほど綺麗な死神は初めて・・だよ?」


睡魔に襲われる寸前で、少女は言った。

死神に会う事が出来るなんて、きっと彼女は特別なのだろう。

私を見る事ができるのも、触れる事ができるのも、きっと彼女が特別な存在だから。


綺麗な人間にはきっと、私達死神の姿が見えてしまうんだろう。

神が唯一私達死神に与えてくれた、神気という私達を隠す空気を見透かして。

神に愛される少女はいつだって、美しい光を放ってくれる。

その光を感じたとき、ほんの少しだけ神に許されたような気分になるんだ。



音歌がくれた光は、琴子ちゃんよりもずっと眩く目を閉じてしまうほど輝いていた。

どんな人間よりも美しかった。

“もしも名前を付ける事が許される時が来たら、璃風って付けてくれない?”

私を初めて璃風と呼んだ彼女は、神にも並ぶほど美しい存在である事を私はまだ覚えている。

15という年にして、彼女は眠った。

初めて私に触れた人間。初めて私が触れた人間。初めて私を璃風と呼んだ人間。初めて私に名を付けた人間。

私が今まで見てきた人間で、未だ彼女を超えるほど美しい心を持った人間はいない。


(よく寝てる。)


スヤスヤと眠る少女の頬に手を当てる。少し冷たい、それでも人間の暖かい温度が感じられた。

音歌に出会うまでは、ただ神のために働いてきた。

天使を羨み、神に許されるためだけに、神の愛を受けるためだけに。

けど、彼女に出会って全ては変わった。

人間に触れる事も、こんな優しい温度を感じることもなかった私に彼女が教えてくれた。


あの日から私は彼女の約束を果たすために働いた。

その約束はとてもちっぽけなもので、くだらないものだったけど。

それでもそれは禁忌だと言われることで、その覚悟を持って約束をした。

神の愛よりも、彼女の言葉が心を占めていた。


だから私は決めた。私は私である死神になろうと。

彼女がそうあってほしいと望むのなら、私は私という死神になる。

その魂が精一杯幸せを感じて、眠りにつけるような仕事をする。


“瑠璃色の風のように、貴女が幸せを運びますように。”


今でもまだ貴女の声が心の中を吹いているの。

二度と忘れることなどない。貴女がくれた、私の存在する意味。

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