vol.2* 瑠璃色の風と
ハーレス・・・そう呼ばれる死神は、普通のライザと呼ばれる死神とは少し違う仕事を任されている。
そして私は今日、そのハーレスに配属された。
「入るなら、早く入れ。」
それはドアの前に立つ私に呟かれた言葉なのだろうか。
そんな風に思って振り返ると、そこに立っていたのは切れ長の黒の眼に、真っ直ぐに短く降りた黒髪の男が立っていた。
「誰だ」
その人は梓衣と同じくらい高く、眼の高さは私と20センチ近く差があった。
その声はまるで黒一色で、梓衣以上に怖いという印象を与えてくる。
「えと・・璃風って言います!今日からここの配属になったライ・・ハーレスです。」
「あぁ。元ライザの。」
「はい。・・・えっと・・貴方は?」
「俺は漆黒だ。」
「(うわっ。そのまんま!!)」
「何だ」
「いえっ。すごくピッタリなお名前だと思って。」
「よく言われる。で、入るなら入れ。」
キィと古びた扉が開く音がして、漆黒さんが扉を開いて招き入れるように小さなスペースを作ってくれる。
その腕の合間から見える世界はまるで、今までに想像もつかないような世界が広がっている気がした。
「はいっ!」
勢いよく入ると、漆黒さんの黒いローブが揺れて顔にかかる。
「わぷっ」
前が見えないで真っ暗な世界になり、足を止めると何か温かなものが頬に触れた。
その瞬間、黒のローブから開放され、また世界は明るく映し出される。
「おい、平気か。」
その温かな手と、同じ目線まで降りてきた黒い目が優しい事に私は気づいた。
心配そうな顔をして、私がにっこりと微笑むと安心した顔を見せて。
この人はとても温かな人に違いないんだと思った。
「はいっ。」
「そうか。」
それからゆっくりと大きな手に握られて部屋に引っ張られる。
真っ黒に染まった彼はその部屋の中央まで歩くとパッと手を放して大窓を見た。
大窓からの光が眩しいほど輝いて、広い広い部屋に白のタイルが広がっている椅子がいくつかと小さなテーブルが4つくらいあるだけだった。
他に目だって存在している物はなく、ただ天井も高く、広々としてるという印象が強い。
「ここは変わっている。」
漆黒さんが口を開いて、そんな事を言った。
この部屋に入ったときから、薄々は気づいていた事だったが、ここの人達でさえそう思うのだからそうなのだろう。
「そうかもしれませんねっ。」
「ハーレスがどんな集まりか知っているか。」
「え?」
「ハーレスが何と呼ばれているのか知っているか。」
漆黒さんはそういうと、窓から目を背け私を見た。
「『問題児』ですよね?」
ライザの中でも有名だった。
ライザから昇格とされているハーレスに行きたがる者は誰もいない。
ハーレスに回る仕事は、変わっていると聞いた。
だから、昇格を決める人は『問題児』を集めたがっているとか。
「知らないわけないか。」
「はい。有名ですし。」
「・・・それなら何故、そんなに平然と俺といられる。」
さっきから、わけの分からないような質問ばかりをしてくる漆黒さんに、私は少しおかしくなって笑った。
その笑い声に漆黒さんはもっとワケがわからないと言うふうに、眉間にシワを寄せている。
「ぁははっ!漆黒さんが『問題児』だとは思いませんよっ!どちらかというと『変わり者』の方が近いです。」
響くように部屋を渡っていく自分の声が、妙に恥ずかしくなって顔が熱くなる。
その熱を冷ますように冷たい漆黒さんの声が耳に響いた。
「そうか。ところで、リブ。」
「はい?」
「リブとはどんな字を書くんだ。もしかして・・・」
これまた妙な質問に、どんな説明が一番しっくり来るかと考えるまもなく言葉がスルスルと出てきた。
「瑠璃色の風か。」
あぁ、誰かに似ている。
私の大事な誰かに、とても似ている。
「ど・・うして?」
「勘」
初めて私を璃風と呼んだ、あの人に。
「やっほー!!!」
バンッと強く扉が開かれる音がして、私は急いで振り返った。
その先には死神には珍しい銀の髪をした、これまた長身の男の人が立っていた。
「おはよー、漆黒!!珍しいな、こんな朝早くにぃ!!」
「(何だろう、このハイテンションな生き物は。)」
「朝っぱらから五月蝿い。」
「わぁん、酷いっ!!・・・・・・・で、こちらのお嬢様は?」
「あ、わ、私、今日からここで働く璃風です!よろしくお願いします!」
「璃風!!可愛い名前だねぇ!」
「ありがとうございます。」
漆黒さんとは全く違った感じの彼は綺麗な銀の長髪で、思わず見惚れてしまった。
そんな私に彼はぺこりと一礼すると、にっこりと微笑んで名を名乗った。
「僕は光紗というのだ!よろしくね、璃風。」
「はいっ。」
その名前はまるで、光を放つ銀の髪にピッタリだと思った。
彼が私と漆黒さんの周りを回っていると、扉からまた音がした。
「お客様でありますか。」
そこに立っているのは、茶色の巻き髪で可愛らしく笑っている私と同じくらいの背の少女。
その少女は上品に扉を閉めると、こっちに一歩ずつ歩いてきて走り回る光紗さんを右手でパシッと止めた。
「暴れるなら廊下でして下さいであります。」
「はぁい゛・・。」
彼女の言葉一つで、おとなしくなった光紗さんを見てクスリと笑ってしまった私を、彼女の眼が射るように見た。
「どなたでありますか。」
「今日からここで働くライザから昇格してきた、璃風だ。」
「ヨロシクお願いしますっ!」
「こちらこそであります。」
軽く頭を下げる私に、彼女は深々と頭を下げてくれる。
その礼に、私はもう一度深々と頭を下げた。
「貴女のお名前は?」
「私は『紫陽花の君』『223Y』と呼ばれているのであります。」
『紫陽花の君』と呼ばれる、そう名乗った彼女は優しく微笑んだかのように見えた。
ライザやハーレスの中には、未だ名を持たない死神がいる。
その死神はある一定の力をつけると、名前を付ける事を許される。
それまでは、あだ名、番号で呼ばれたりする。
私も璃風の前までは、『雛菊の君』とか『154K』と呼ばれていた。
「『紫陽花の君』とても綺麗ですっ。」
「ありがとうございます。」
「女子がいると華やぐねぇ。」
「223Yに失礼だろ。」
「そうだね。すまない、紫陽花の君。」
「別に気にしないのであります。」
3人の声が広い部屋を少しだけ賑やかにした。
そのタイルの上を歩く靴の音がたくさんする。ソレが少しだけ安らぎを与えた。
「もうそろそろ時間だ。」
「これで全員そろったねぇ〜。」
「4人ですか!?」
「そうであります。」
そういうと3人はバラバラに別れて、小さな扉を開いて仕事へと出かけてしまった。
私はまた1人ポツンと広い部屋に取り残されて、ただサンサンと振り込んでくる光を眺めていた。
仕事をしなければならない。しかし、まだこの余韻に浸っていたい。
そんな気分で傍にある椅子に腰をかけた。
窓の外の景色は紺碧の絨毯が幾重にも重なり太陽の光を浴びて乾されている。
その光景があまりにも刺激的で、初めて見るその景色は壮大なような気がした。
ライザにいるころは、ただ魂を狩りに行って、何事もなく仕事を終わらせるためだけに働いた。
それが神への償いなのだと本気で思っていたから。
「仕事・・いかなくちゃ。」
けど、それは違う。
そう気づかせてくれたのが、彼女だった。
その時から私の全ては変わり始め、ついにここまで来てしまった。
“瑠璃色の風のように、貴女が幸せを運びますように。”
彼女がそういった、あの言葉を。
この場所でもう一度聞くとは思ってなかった。
“瑠璃色の風か。”
だから一瞬驚いたの。
貴女が彼の耳元でそう囁いているような気がした。
例えハーレスになったとしても、私は私。そうでしょう?
だから、私は貴女の言ってくれたように瑠璃色の風になって、幸せを運ぶ仕事をするから、ね。