vol.1* 始まりの部屋へ
広い廊下、高い天井、大きな講堂。
壁には天井まで伸びるゆうに20メートルはあると思われる棚。
その棚かたたくさんの資料を運び出す色とりどりの羽を持った、シャナと呼ばれる妖精が舞っている。
「おい、璃風。」
そんな妖精たちを眺めていると、低い声が私の名前を呼んだ。
「梓衣、何?」
「千華様がお呼びだ。」
そんな気はしてた、と私がため息をつくと梓衣が軽く笑った。
背の高い梓衣は笑うと、その声と身長と強面の顔から与える怖いという印象を一瞬にして奪ってしまう。
広い講堂には数え切れないほどの妖精が天井付近を飛んでいて、
並べられたデスクに座って仕事をするメイトに資料を配って忙しく働いている。
その講堂の奥から繋がる道には
梓衣よりもずっと背も高く体格もいい巨人の血筋にある、レッカと呼ばれる者が護衛をしている。
「えっと・・璃風です。」
その扉の中で、2番目に大きい扉の前に立ち名前を言うと、立っていた2人のレッカは顔を見合わせて、扉を開いた。
レッカ達には声がないので、目を合わせて会話をするのだという。
開かれたその扉から、また大きな廊下を1人で歩いて1つの部屋に行き当たる。
窓もないため、光は炎のみで何もない。
コンコン”
「千華様、璃風です。」
近くの炎はバチバチと燃える音を出している。
床には赤く濃い色の絨毯が敷かれている。その廊下の端の絵柄は竜と獅子の戦いが金色の刺繍により描かれている。
「入りなさい。」
その声に廊下の端を見ていた目を、バッと目の前の大きく重たそうな扉に向けた。
その金の取ってを握り、勢いよく引いた。
「失礼します。」
扉を開くとそこにはさっきまでの廊下や扉を思わせることのないほど、
光が降り注ぎ天使が舞い降りてきそうな大きな窓がある真っ白で広い部屋が広がっていた。
「そなたが、璃風。」
「はい。」
綺麗な声をまとって現れたのは、白に近い金の長い長い髪を床に垂らして立つ女性だった。
その女性は目から鼻にかけて純白の包帯のようなシルクの細い布を巻いていた。
その方の着ている服は真っ白のローブに金の刺繍がされた羽織もの。
「そなたはどんな廊下を歩いて、どんな扉をくぐって来たのです?」
その女性は口元を少し緩ませると、優しい物言いでそう言った。
その質問を理解するのに少し時間がかかり、ようやく今まで通ってきたこの廊下と扉の事だと思い説明した。
「暗くて赤い絨毯が敷かれていて、炎だけがその深くて広い廊下照らしていて、
扉の取っ手は金色をしていて、とても重く厚みが・・ありました。」
そう説明すると千華様は、優しく笑ってその美しい声を出した。
「ふふ。そんなに私が怖かったかしら。まるでその先の部屋にいる私は、そなたを取って食べそうね。」
「いえっ、そんな・・・!」
目が隠されているものの、その口元からとても美しい方だと思えてならなかった。
まさにこの光溢れる場所に生まれたお方だと思わせられる。
「この廊下と扉には幻の術がかけられているのですよ。
ここを訪れるものが、もし受け入れられし者でなければ永久に迷うのです。
そして受け入れられし者の想像している廊下と扉が見えるのですよ。」
あの廊下も扉も私が想像したもので、だからこの部屋には全くそぐわないものだった。
もし今廊下に出たら、床は白く、床以外の壁は全面が窓で、
天井はドーム型の窓になっていてそこから光がさんさんと降り注いでいるかもしれない。
「それで、璃風。」
千華様は、そんな事を想像している私の名前を呼んだ。
「はいっ。」
「そなたの仕事ぶりを聞きました。」
「・・・はい。」
こうなる事は分かっていた。
「この間の件で、蘭も大変悲しんでいたわ。」
「すいませんでした。」
「謝るだけで済まされる問題じゃないのは、そなたも分かっているでしょう。」
「はい・・・。」
それでもあの日あの時、私がしたことを後悔はしてない。
「そなたはそれが禁忌である事は分かっていたでしょう。」
「はい。」
「それなのに何故。」
「・・・・・・私はそれでも・・・」
見えない目が私を見つめているような気がした。
シンと静まる部屋中に、鳥の鳴き声が響いた。
その鳴き声をあげた黄色の小鳥が部屋を回りながら千華様の細く白い指にとまった。
その小鳥が何度か声を上げると、千華様はその小鳥に呟いた。
「えぇ、そうね。分かったわ。えぇ、そう伝えて。明日には、えぇ。」
チチチと小鳥が鳴くと、千華様の指から舞い上がり、開け放たれた大窓から風とともに飛んでいった。
それから千華様は私の方を向いて微笑んだ。
「処分を言い渡します。」
それがどんな処分であろうと、あの約束を破る事はできなかった。
「はい。」
消滅の門さえ怖くなかった。
それだけ覚悟して術を解いた事を、後悔なんてしていない。
「そなたは今日を持って」
明るくこんなに静かな部屋で、処分を告げられる事までは思い描かなかった。
もっと暗く重いような部屋で、終わりを告げられるのだと思っていた。
「ハーレスへの昇格を言い渡します。」
「・・・・・え?」
ハーレス、そう言われる者は死神の中でも特殊な者達。
「その顔は『消滅の門』でも思い浮かべていたのね。」
「はい・・えっ!?・・私、昇格!?どうしてですか!?」
その処分に頭がついていかず、少し大きな声を上げると千華様はより一層笑顔を見せて言った。
「その理由はおのずと見えてくるでしょう。さあ、お行きなさい。」
「・・え?はい。・・失礼しました。」
ぺこりと頭を下げて顔を上げる。
「あのっ、ありがとうございました!!」
そう声を上げて、急いで軽いガラスの扉を開いて明るい廊下へくぐった。
「ふふっ、おかしな子。」
千華は1人になったその白い部屋で、出て行った璃風の言葉を思い出して笑った。
大きな窓からは光とともに、青い小鳥が2羽舞い降りて姿を少女に変えた。
「千華様」「千華様」
「あら、2人とも。彼は今出て行ったわ。」
「本当にハーンスへ?」「あそこは問題児を集めたがる。」
「そうね。」
「それを知りながら」「彼をそこへ行かせたのですか。」
「えぇ。」
青いワンピースを着た、同じ顔をしている少女の言葉に
千華は笑ってそう言うと静かにその空気に溶けるように姿を消した。