偲【前編】
ようやっと続きが書けました!……が、今回は庭師視点となる為、いつもより長くなりましたので一旦区切らせていただきました。力量不足ですみません(汗)
続き執筆頑張りますっ
――これで何度目だったろうか。
お嬢様の神殿行きを阻止したかったのに、今回も失敗してしまった。神の娘なぞ名ばかりのモノで、結局は神への生け贄を言い換えただけのモノだ。
初めての時はそういった事も気付かず、神の娘に選ばれたお嬢様の乗った馬車を見送った――お嬢様がいつかまた帰ってくるのだと、旦那様や屋敷の使用人の皆と一緒に信じて。
だが、何年経ってもなかなか帰ってこないお嬢様に旦那様は焦燥し、王に直接問いただした。
『神の娘は二度と神殿から出られないのか』と。
それに対して王は『神の娘は神に捧げられるモノ、帰しようもないのだ』と、旦那様にとっては残酷な言葉を平然と返されたのだという。
不審に思った旦那様は、更に王に問い詰め今までの神の娘の処遇を確認したところ――神の娘とは、最終的に神に食べられる為選ばれた娘は返せないとのこと。
お嬢様も神殿に運ばれた時点で既に食べられ、今はもう神殿にはいないと更に王に言われ旦那様は二の句が継げれなかったそうだ。
屋敷に戻り旦那様は泣き崩れ、私を含む一部の信頼する者にお嬢様の事を説明し、その後自室に閉じこもってしまわれた。
お嬢様の話を聞いた我々は何かできることはないかと思い、様々な文献や情報を集め――我が国の東の森に居る魔女の存在を知る。
魔女というと恐ろしいモノを想像するがこの魔女は変わり者で、自分を楽しませてくれるならどんな願いも聞き入れてくれるのだと平民達の間で人気のある人物だという。
代表として私が東の森に出向き、平民の者らから集めた情報の場所にある魔女の家に辿り着く。
家の造りはレンガのとても簡素なモノで、その庭先に藍色の長い髪をした女性が手入れしているのが見えた。
私の気配に気付いたのか女性が此方に視線を向け、訝しむように眉間に皺を少し寄せてじっと見られる。
「アナタが東の森に住む魔女で間違いありませんか?」
「ええ、そうよ……」
静かな声色は怒気等を感じず、どこか淡々としたモノで感情を読みとることはできない。
なるべくなら怒りを買いたくないが――果たして私の願いは聞き入れてもらえるのかどうか、現段階ではまだ確定し難いところだ。
「……あなたに頼みたい事があって、此処に来ました」
「アナタみたいな、どこぞの貴族に仕えてる人間の頼みたい事とは何かしら? つまらないお願いなら聞かないわよ」
意を決して用件を告げると、魔女の表情は一瞬だけ眉間に皺を寄せるも、再び無表情に戻り淡々とした口調で返される。
果たして私の願いがつまらないモノと判断されてしまうのかどうか……固唾を飲み込み、真っ直ぐ魔女を見つめて私は口を開いた。
「この地に住まう神から、私が仕えている方のお嬢様を救いたいのです」
「まあ……何故、自分の娘でもないのに救いたいの?」
「旦那様の落ち込む姿を見るのは、我々部下にとって大変痛ましく 「そんな仰々しい大義名分要らないわ、アナタ自身の願いじゃないならお断りよ」 ……っ」
私の返答はどうやら魔女にとって不服だったらしく、眉間に皺が寄せられ踵を返して家の方へと向かってしまう。
最後の希望である魔女に見離されては……お嬢様とは、もう二度と逢えなくなる。それだけは避けたかった。嫌だった。
「私はお嬢様をお慕いしています!! だからこそお嬢様を救いたい……例えこの命と引き換えになろうともッ」
「……」
私の言葉に、魔女の足がピタリと止まり此方を振り返る。
その時の表情は相変わらず無表情で、言ってしまった言葉の恥ずかしさに私の顔はどんどん紅くなっていった。
「運命とは本来変えてはいけないモノ……変えれば何が起こるか分からないわ。 天変地異が起こるかもしれないし、誰か別の人が亡くなるかもしれない。 それでもアナタは、そのお嬢様を救いたいのね?」
「っ……そうです、何が起ころうともお嬢様を救いたい。 私の命と引き換えでも構いません、どうか願いを叶えてくれませんか?」
「そう……大義名分ではなく、アナタ自身の願いというなら話は別。 私は個人の願いは叶えるわ――ついてきなさい」
私の真剣な願いが通じたようで、魔女は無表情をほんの少しだけ和らげ、淡々とした声音で言った後踵を返し家の中へ入っていく。
願いを聞き入れてもらえたことの嬉しさで呆然としてしまうも、我に返り慌てて魔女の後を追いかけて家の中へ入った。
■□■□■□■
魔女の家の中はほの暗く、様々な色彩の光を放つ球体が沢山部屋中に漂っていた。
その球体を良く見てみると、ウサギや少女等色んなモノが中で眠っている。
「それらの球体は、私が願いを叶えてあげた子達を映すモノ――時々どうしているのか、様子を見る為に分かりやすくしているのよ」
「なるほど……私が見ても、どの中身もただ眠っているようにしか見えませんが」
「当然よ、私が呪文を言わないと様子が見えないようにしているのだから」
私の疑問に対しても魔女は淡々と答え、部屋の奥へと消えていく。
追いかけるべきか迷うも、すぐに魔女は戻ってきた――手に、金色に輝く水の入った透明な小瓶を持って。
「これは 【時戻りの力】 を手に入れる為の薬よ……アナタの行動次第で、お嬢様は救えるかもしれないわ」
「っ……ありがとうございますッ」
「ただし、この薬は副作用があって――飲めば声を失うの」
魔女から小瓶を受け取り、中身の説明を受け喜んだのも束の間……副作用の内容に、私は言葉を失った。
「時戻りの力が強力であるが故の副作用よ……魔女の薬は完璧なモノではないし、さっきも言ったけど運命とは元々ねじ曲げてはいけないモノ。 それを歪めようとしているのだから、そのくらいの症状で済むなら安いものでしょう?」
「……確かに、私が声を失うくらいでお嬢様を救えるのなら安いものですね」
魔女の言葉に納得し、私は小瓶の中身をじっと見つめながらポツリと呟く。
瓶の蓋を開けて、いざ中身を飲もうとした時――魔女が私の手をそっと握り、制止する。
「私が願いを叶える時は、私の望む対価を必ず貰っているの。 アナタからはそれを貰ってない、だからまだその薬は飲まないでちょうだい」
「し、失礼致しました……して、私は何をあなたにあげれば良いのでしょうか?」
「そうね……アナタが何故お嬢様を慕うようになったのか、その話を聞かせて欲しいわ」
「なっ?!」
「だって気になるじゃない。 騎士でもなく婚約者でもない……更に言えば家族でもないただの使用人であるアナタが、何故お嬢様を慕うようになったのか興味が湧いたのよ」
魔女から告げられた対価の内容に、私の顔に熱が集まり一気に真っ赤に染まっていく。
そんな私を気にもとめず、魔女は『さっさと言え』と言わんばかりに此方をじっと見つめる。
それを言わなければ望みは叶えられないのだと悟り――私は重くなりそうな口を無理矢理動かし、魔女にお嬢様を慕うようになった理由を語り出した。
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