STAGE3
昼食を終えて初めの授業。
おじいちゃん先生による、退屈な日本史。
唯でさえ満たされたばかりの腹は、休息を求めるべく宿主のまぶたを下へ下へと押し下げる。
ましてやそれにお経にも似た淡々とした声を聞かされれば、大概の人間は襲ってきた睡魔に抗えずに眠りの淵へと落ちてしまうことだろう。
ましてや窓側一番後ろの、いわゆる不良の特等席。
太陽の日差しがぽかぽかと入り込み、目の前に背のでかい奴が座っているとなれば、教師に注意されるという心配なしに思いっきり惰眠をむさぼることができる。
ここまで居眠りに適した条件が揃うこともめったにないだろう。
だが、運良くその席にありついていた彼は、眠気を覚えるどころか目を瞳孔が開くほどパッチリと明け、考え事をしていた。
額にはわずかに汗が浮かんでいる。決して汗ばむような気候ではなかったが、じわじわと染み出る汗はシャーペンを持つことさえ困難にさせた。
どのみち皆授業を聞いていないのだから、多少思考に浸っていたとしても成績の差は出ないだろう。
くしゃりと髪の毛をかきむしった後、詰めていた息をゆっくりと吐く。
そのまま数度深呼吸を繰り返すが、額に浮かんだ汗は引く様子を見せなかった。
眼をつぶっては息を吐き、目を開けては深く息を吸い込む。
何度も何度も繰り返すが、汗は収まりそうにない。
汗でヌルつくシャーペンを机に放ると、両手を顔の前で組み合わせる。
その手は力を入れているわけでもないのに、小刻みに震えていた。
眼をつぶりその震えを止めようと力を入れるが、震えが大きくなるだけでうまくいかない。
「大丈夫…大丈夫…」
声に出さず、唇の動きだけでそう呟くと、また深呼吸を繰り返す。
何度も繰り返すのち、段々と手の震えが収まってきていた。
ゆっくりとまぶたを開き、呼吸を整える。
汗は多少残っているが、不快を覚えるほどではない。
ようやっと平静を取り戻し、シャープペンシルを再び手に持った頃。
せっかく準備が整ったというのに、無情にもチャイムがその時間の終わりを告げた。
心を落ち着かせるためではなく、残念といった感情を込めて再び溜め息をつく。
幸い復習さえしっかりすれば授業を受けなくてもクリアできる教科だから良かったが、これが苦手教科だった日には眼も当てられない。
成績は悪くはなかったが、良いに越したことはないだろう。できることならば、この成績を維持したい。
深く考え過ぎなのだ、と自分を叱咤し次の科目の準備をする。
大丈夫だ。彼もそんな気にはしていないだろう。彼と会った時のことをすべて忘れることができれば…
ガタン、と扉が鳴った。もともと立て付けの悪い扉だ。
誰かが寄りかかればはめ込まれたガラスが大げさに音を立てる。
音に誘われ視線を向ければ、自分のクラスではない男がドアに寄りかかって教室内を見回していた。
ドクリ、と心臓が高鳴り彼は慌てて視線を下へと向ける。
ハッキリと顔は見えなかったが…まさか…
自分の存在を教室からかき消すかのように息を潜め、体を縮こませる。
まだそうだと決まった訳じゃない…
他の誰かに会いに来ただけかもしれないじゃないか。
きっとそうだ。そうであって欲しい、と祈るようにして強く目を瞑る。
しかしそんな彼の期待を裏切るかのように、他のクラスの男…須藤は一人の人間の名前を呼んだ。
「北川雅弘って奴、居る?」
その言葉を聞いた瞬間、彼の体はビクリと揺れ…
収まっていたはずの震えがまた襲い掛かってきた。