STAGE2
「はぁっ?負けたぁ?秋葉おタッキーのお前が?!」
「オタッキーってゆーな!!」
ショートホームルームと1時間目の授業の間。僅か5分ばかりの休み時間。
須藤は先程の“あの素晴らしい日々をもう一度〜リメンバーオブメモリーズ〜”によってすっかり正気を取り戻し、再度何があったのかという問いかけにきちんと答えられるまでになっていた。
「でも、秋葉オタッキーって言ったら雑誌で特集一つ組まれるくらいの強さだったんだろ?」
「だから、オタッキーじゃなくて、タッキーだっつの!」
涙目になりながらも必死に抗議する。確かに健全な趣味ではないだろうが、こう「オタクオタク」と繰り返されるのは須藤のプライドが許さなかった。
秋葉タッキー。
秋葉原に出没する、滝沢使い。だから秋葉タッキー。
一部のゲーム雑誌やテレビで、最近流行の格闘ゲームのカリスマ的存在として須藤のようなゲーマーが持てはやされていた。
彼らはお互いの強さを耳にしては、自分の実力がどのくらいかを知るために直接対戦を申し込む。
コマンド入力の正確さに、どのタイミングで技を繰り出すか、どう戦いを進めるかといった戦略。
相手の動きを見る動体視力や反射神経など、たかがゲームにしてはなかなか奥が深い格闘ゲーム。
男はやはり強い男に憧れる。たとえ、それがゲームの世界だとしてもだ。
トップレベルのゲーマー達が繰り広げるその試合は、度々雑誌の取材が来る程熱いブームとしてゲーム界に広がっていた。
強いものが現れると、各々の出現場所の街名や使っているキャラ名に由来して通称みたいな物が作られる。
本名で呼ぶよりも、その方が遥かに分かりやすいからだ。
そして、次第にその強さを確実とした四天王というものが生まれる。
新宿近辺に出没する、『歌舞伎町キラ』(使用キャラ:キラ=マグナート)
東京ドームを起点に敵地へよく乗り込む、『ラクーア源』(元・後楽園源 使用キャラ:源 玄太郎)
100円ゲーセンで競争率の高い蒲田を制覇した、『蒲田チャップリン』(使用キャラ:チャップ=G=チャップリン)
そして…
その四天王の中で最強と呼ばれているのが、彼。『秋葉タッキー』(使用キャラ:滝沢 直次)だった。
「何?調子悪かったの?」
実際にゲームをやりこんでいない彼らには、その強さを性格に把握することはできなかったが、周りからの評判でかなり強いと言うことはなんとなく分かっていた。
そんな彼がすんなりと負けてしまったことを俄かに信じられず、別の敗因があるのではないかと、探りを入れる。
いつの間にか友人達が須藤を囲んで、その表情の変化を逃さぬようじっと見つめていた。その視線に少々気圧されながらも、須藤はあの忌々しい日の光景をまぶたの裏に鮮明に描き出していった。
いつものように授業を終え、部活動へと急ぐ友人達を尻目に向かったゲームセンター。
いつものようにUFOキャッチャーの新作をチェックし、いつものように店の奥のほうへと置いてある機体に向かう。
コインを投入し、握りなれたレバーを操れば瞬く間に自分の分身「滝沢」は出てくる敵をなぎ倒していった。
ステージの半分ほどまで来た頃だ。突然画面に「挑戦者現る!」というカットインが入ったのは。
『おもしれぇ…俺に勝負挑むなんて上等ジャン?』
体を少し傾けて機体の向こうに居る対戦相手の顔を拝もうとするが、丁度顔を背けていたため誰だか確認することができなかった。
しかし、髪型や制服からして今まで対戦したことのない相手のようだ。
自分が秋葉タッキーだと知らずに勝負を挑んでしまった素人だろうか?
手加減しようか迷ったとき、相手が選んだキャラを見て一気に須藤の闘争心が煽られた。
『よりによって滝沢を選ぶか…!真の滝沢使いが誰なのか、たっぷり教えてやろうジャン!』
……。
…その結果はもはや言いたくもない。
調子は…それほど悪くはなかった。
むしろ、好調だとも言えた位だ。
手加減をしたつもりはない。
最初っから全力でいった。ノーダメージで勝ってやろうと意気込んでいたのだから。
『不調だから負けたんだ。あれは俺の実力じゃない』
そう言ってしまえば体面は守れるのだが、持ち前のプライドがそれを許さなかった。
たとえあの日が不調だったとしても。
絶好調なプレイであの相手を敗れるとは、とても思えない。
信じたくないが、
完膚なきまで自分はあの男に叩きのめされたのだ。
「……ふぉい…?」
「いや、いつになくまじめな顔してんなぁ〜って」
真剣にあの日のプレイを思い出していると、両頬を掴まれむに〜、っと最大限まで引き伸ばされる。
正直痛い。
ぬがーっ、と意味不明な叫び声をあげ腕を振り上げ払うと、開放されたほっぺたをひたすら優しくさすり上げた。
どれだけ強く掴んだのか。その頬はうっすらと赤くなっている。
悪友達はそれに懲りることなく、今度はノーマークだった須藤の鼻を摘まんで、ぐいぐいとからかうように引っ張って見せた。
「お前さ、ルックス的にはそこそこいけてるんだから、もうそんなオタクみたいなことやめれば?前はバスケやってたんだろ?爽やかスポーツ少年に戻れって」
心配してくれたのか。大きなお世話とも取れるアドバイスをして、ぐりぐりっと鼻を掴んだ指を捻ってから乱暴に離す。
須藤は鼻まで赤くなり、まるでピエロのようだった。そうじゃなくても今のこの状態は道化だというのに。
憮然とする彼に構うことなく、周りの友人達はなおも自分の言いたい話を好きずきにくっちゃべっていく。
「そうそう。バレンタインのチョコレートだってお前がまだバスケやってたらそりゃあもうダントツで1番だったに違いないぞ〜?」
「あ、でも一番は2組の中山だったんじゃねぇ?」
「いや、あいつ本命の子以外からは貰わないって全部受け取らなかったよ」
「えぇっ?!何だよそれ。アイツ本命いんのー?!」
「ほら、もしかして4組の榊さんじゃね?胸デカいし性格もスタイルも抜群じゃん?」
「榊さんって須藤が可愛いってもてはやしてた子だろ?須藤可哀想に…んなオタクの世界ハマってるから榊さん取られちまうんだよ〜」
「あ、でも榊さん1組の北川に上げたって話だぜ?」
「えっ?それじゃあ北川と中山と須藤含めた四角関係か!?」
「いや、須藤じゃ予選すら通過できねーだろ」
「それもそっか。あっははははは…」
「テメェら人事だと思ってーーーーーっ!!」
最初は自分のことを心配してくれていたはずなのに、いつの間にか話題は別なことへと移っていく。
からかわれて悔しいやら放って置かれて寂しいやらで、衝動のままこれでもかというほど喚きたてた。
それをまたからかう様にして、キャーというわざとらしい悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
友人同士の慰めなんてこんなものだろう。
大抵が笑い飛ばして、そのまま忘れることを勧めるのだ。
しかし須藤の友人はお人好しで、なおかつ須藤の性格を良く理解していた。
須藤は忘れろと言っても、簡単に忘れられる性格じゃない。
変なことに関してだけ、妙に負けず嫌いなのだ。
だからこそ、何故須藤があの言葉を発しないか不思議でならなかった。
何か言えない理由でもあるのだろうか?
疑問に思いながらも、須藤が言っても良かったであろう言葉を代弁してやる。
「そんなに悔しがるんだったらさ、特訓して再戦申し込めばいいじゃねーか」
ピタリ
須藤の動きが止まる。
テストでも体育の競争でも
「次は負けねぇ」と闘争心を露わにする須藤だ。
言わないのは何か別の理由があってのことだと思っていたが…
「…もしかして、思いつかなかった…とか…?」
目の輝きを変えて、こちらを見つめる須藤を見て。
周りを囲んでいた人たちと共に、その成り行きを見守っていた野次馬まで。
一斉に彼に対して重い溜息をついた。