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 翌日はテスト開始日で、登校すると殆どの生徒が教科書や参考書にじっと目を落としていた。清香が咲と縦に並ぶ秀雄に「おはよ」と声を掛け、席に着こうとすると、咲に首根っこを掴まれる形になり「昨日はどうなったの」と問いつめられた。後から登校してくる留美と幸恵に同じ事を説明するのが面倒だと思った清香は、彼女達が登校してくるのを待ち、昨日の一部始終を話した。

「ひゃー!!じゃぁ両思いだったって事じゃん。何だ、もっと早く告白しとけばよかったのにー!」

 大盛り上がりする咲と幸恵に「ちょっと声でかいですよ」と後ろから落ち着き払った秀雄の声が掛かった。まだ圭司は登校していないから、秀雄は清香と圭司の間に起きた事については何も知らないのだろうと思っていた。しかし秀雄が「昨日圭司からメールがきたぞ」と清香に声を飛ばしてきた。相合い傘をしたあの後すぐに、男三人にメールが回ったらしい。

 少しして圭司と優斗が一緒に教室の前扉から入ってきた。そしてわざわざ窓際を歩いて行く。ぎこちなくなされる朝の挨拶が妙にくすぐったく感じる。優斗は清香の席の横にしゃがむと「良かったな」と言って清香の頭を軽く叩いて去って行った。その声が妙に大人っぽく瞳は優しく、心を揺すった。


 その日は午前中でテストが終了し、帰り支度をしていると、後ろから肩を叩かれた。咲だと思い腑抜けた顔で振り向くと、圭司だったので、すかさずまともな顔で取り繕う。

「今日一緒に、つーかテスト期間中なら一緒に帰れる?」

 清香が何か言う前に咲が後ろから「ちょっとーやめてよこんな所で見せつけないでくれるー?」と騒ぐ。清香は自分が耳から真っ赤に染まるのが分かる。

「テスト期間中と、部活が休みの日ならミーティングだけだからちょっと遅くなるけど、帰れるよ」

 言葉を聞いた圭司は自分の机に取って返し、鞄を持つと「じゃあ帰ろう」と再び清香の席までやってきた。

「咲は清水先輩と帰るんでしょ?」

「今日は先輩の家で一緒に勉強するんだー」

 清水先輩は、親の都合で一人暮らしを許可されている。清水先輩と咲が男女の関係になるのは時間の問題かも知れない。思ったが胸に止めておく。三階の清水先輩の教室に行くという咲とは階段で別れた。昇降口までの間、圭司と清香のどちらも口を開かず、こういう時に限って階段を降りる生徒は一人も居らず、足音だけが響くこの沈黙をどうにか破れないかと清香は頭を絞ったが、先に口を開いたのは圭司だった。

「俺、明日の英語は結構自信あんだ」

 昇降口のコンクリート製の床に革靴を乱雑に放り、それを足で寄せながら靴を履いている。清香はそれを見ながら「横着」と言うと、圭司はそれまで固くしていた頬を緩め「サッカーじゃハンドは禁止だから」と笑う。

「清香がくれたあのメモ、あれをずっと読んでたら、何か殆ど暗記しちゃったっぽくて。あの辺がテストに出れば確実に点が取れる」

 そう言って歩き出した圭司の後を追うように清香も歩き出した。

 夏の青葉を照らす太陽が、地面に短く二人の影を作る。もう間もなく、蝉も鳴き出す頃合いだろうかと清香は思う。じりっと射すようにも感じる日光が、昨日できた水たまりに反射していて、清香は一瞬目を閉じる。

「あのメモ、優斗もコピーして持って行ったけど、優斗も点とれるかな」

「ユウは無理だろ、あいつ相当バカだぞ」

 酷い言い様だね、と呆れた顔をすると、圭司は少し口を尖らせる。

「俺だけにメモくれたのかと思ってたのに、ユウにもあげたんだな」

 駄々をこねるような物言いに清香は少し困ったように首を傾げる。

「くれ、って言われて嫌だ、なんて言えないじゃん」

「それもそうだな」

 眩しそうに目を細めた笑顔を向けられ、清香はドキリとする。中学の頃にグラウンドで時々見かけた、この笑顔。ずっと憧れていた彼が自分に振り向いてくれた事を今更実感する。

「俺はてっきり、清香はユウの事が好きなんだと思ってたんだよな」

 自分に向けられた言葉に驚き「へ?!」とあらぬ声をあげてしまう。完全なる誤解に頭が混乱する。

「別になんとも思ってないよ、何で?」

 圭司は空っぽの鞄をさぞ重たそうに反対の肩に持ち替えて「うーん」と唸る。

「何かすげー仲いいじゃん。小突き合ったりしてるし、よく喋ってるし」

 確かに、圭司とは全く喋らなかった時期から、優斗とは毎日じゃれ合っている。優斗は率先して清香にちょっかいを出すし、挑発に釣られた清香もまんざらではない。そう思われても仕方がないのかも知れないと思い清香は「なるほどね」と頷いた。

「恋愛感情は抱いた事ないよ。いい奴だし凄く優しいけど、弟っぽいっていうのかな。まぁ、時々お兄さんぽくなる事もあるけど」

 今朝、頭に触れられた事を思い出していた。優斗が少し大人びて見えた瞬間。胸に去来したものは何だったのか、その瞬間には思い出せなかった。

「清香が引っ越してきて、同級生だって知って、高校も同じ所受験してて、俺は勝手に運命感じてたんだわ」

「運命?」と言って清香はケタケタ笑う。「運命とかあんまり使わないよ、いい若者が」

 また鞄を持ち替えて「俺はおっさんだからな」と皮肉っぽく笑う。そんな笑い方もあったのかと新たな一面を発見し、清香は密かに微笑んだ。

「しっかし暑くなってきたな。ジュースかなんか飲んで帰んない?」

 南中時刻に向けて太陽はぐんぐんと動いて行く。これから更に暑くなる。清香と圭司の家は、学校から歩いて五十分ほどかかる場所にあり、バスも電車もない。さすがにこの時期になると、へばってくる。夏休みのありがたみという物が分かる。しかし清香は夏休みの殆どを部活動に費やすので、五十分の登下校地獄からは解放されない。それを考え一瞬メランコリックになるが、振り払って圭司に声をかける。

「じゃぁさ、今日は私が払うから、明日は圭司が払って。何飲む?」

「俺コーラ」

 清香はコンビニに入って行き、冷房で一時的に身体を冷やし、コーラとアイスミルクティを手に、レジに並んだ。

 コンビニの外で圭司が眩しそうな顔をして立っている。自分を待っている。明日の支払いは圭司。それは明日も一緒に帰ると言う事を暗に示している。どれをとっても嬉しくて、口端に笑みが溢れてしまう。

「はい、コーラ」

 サンキュ、と言って受け取り、キャップを捻ると喉を鳴らして飲み始める。清香は紙パックを少しだけ開けて、そこにストローを差し込み、圭司がコーラを飲む姿を見ながらミルクティを吸った。

「あ、長居公園なら日陰にベンチがあるな。行こう」

 帰り道に通る公園に向かって歩きはじめた。紙パックからミルクティが飛び出さないように慎重に歩く清香に対し、ずんずん歩いて行ってしまう圭司との間に距離が出来ている事に、圭司は暫く気付かなかった。

「あ、悪い」

 そう言って清香の隣に戻ってきて、今度は並んで歩きはじめる。


 少し汗をかいている圭司は、ベンチに座ると怠そうに両膝を広げ、そこに肘をついた。眩しそうに空を見上げ、おもむろに口を開く。

「清香は文系に進むんだろ?」

 ストローから口を離した清香は首を横に振り「理系だよ」と答え、またストローに食いつく。

「え、英語とか世界史とかすげー得意じゃん、文系じゃないの?」

「得意なのはそうだけど、進みたいのは理系だから」

 清香の声に圭司は頷きながら「そっかそっか、同じで良かった」と微笑み、コーラをあおる。清香も少しほっとする。後期は選択科目が増える。文系と理系では授業の半分が違ってくる。それだけ顔を合わせる時間が減るという事なのだ。

「圭司は進学するの?」

「俺は進学は無理だな、就職するつもり」

 ストローに口をやったまま「ふーん」と頷き、「三年のコースは変わっちゃうね」と横目で圭司の顔を見た。

「残念?」

「別に、そういうんじゃないけど」

 清香は耳をいじりながら半分以上残っているミルクティを飲む。圭司のコーラはもう既に空になっている。

「あ、ごめん。飲むの遅いね、私」

「俺、何気にミルクティって飲んだ事ないや、ちょっとちょうだいよ」

 暫く紙パックの表面に印刷されている、水が跳ねる絵を見つめた清香は、真顔のまま、紙パックを圭司の手に渡すと、圭司はストローに口をつけ喉を鳴らす。

「結構甘いんだな。逆に喉乾きそう」

 そう言って戻された紙パックを受け取ると、「うん」とひと言頷き、それからそのストローに口をつけていい物かどうか考え、暫く紙パックを振って気を紛らわせた。

「あ、こういうのNGだった? もしかして」

 清香は「んーん」と首を横に振ると、勢いに任せてストローに吸い付いた。首を振っただけポニーテールが揺れるのが何だかおかしくて、首を何度も振っていると「何やってんの」と怪訝気に訊かれる。

「こうやって頭を振るとね、ポニーテールが反対側に動く」

「理系だな」

 顔を合わせ、目を合わせ、笑う。眩しそうに目を細めるその笑顔は、清香のすぐ傍にある。

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