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 時は矢継ぎ早に過ぎて行く。

 休み時間の度に、教室の出入り口に目をやる癖がついてしまった。そこに顔を出すかも知れない、金髪の長身の優しい男の影を探して。

 しかしそこに彼の姿が現れる事は終ぞなく、清香が困って彼にメールをする事も一切なかった。圭司は時折教室に姿を見せ、お互いの近況を報告しあった。一足先に圭司は、就職の内定を得ていた。


 受験シーズンになると、三年生の教室が入る第四校舎は、ひっそりと静まり返る。自由登校になり、就職が内定した者の中には運転免許の取得をしに行く生徒も多い。


 富山は大学の試験会場から電話を掛けてきた。清香は教室で自習をしている所だった。

『五組はみんな就職の内定貰ったらしくて、新しく出来た遊園地に卒業遠足に行ったんだってよ』

 ふーん、ペンを回しながらぼんやり相槌を打つ。教室に生徒は数人しかいなかった。自由登校になり、入試を控えた者は予備校に行くか、図書館へ行くか、教室で勉強をするか、という状態で、教室で勉強をするという選択をする人間は数少ない。

『清香はいつだっけ?』

「明後日。結構緊張するもんだね。もう勉強に手がつかなくなってきたし」

 幾人かしかいない生徒がちらちらと清香に視線を遣るので、その場に居づらくなって教室を出た。廊下の窓際に建て付けられている傘立てに腰掛ける。

「とみーは合格発表が終わるまで学校来ないの?」

『ううん、明日から部活に顔出すつもり。清香も試験終わったらやろうよ、バレー』

 富山は試験に手応えを感じたのだろう。清香はまだ受けてもいない試験の後の事なんて考えられず「気が向いたら」と答えを濁す。

 隣に、人の影があった。見上げないと辿り着けないそこにあったのは、金色の髪。

「あ、とみーごめん。試験終わったら電話掛けるから。明日は学校来ないから。じゃあね」

 返事も聞かず、一方的に通話を終了させ、再び優斗に視線を向ける。彼は隣にすとんと腰を掛けた。

「試験、いつ」

「明後日」

 静まり返った廊下に響くのは、二人の声だけだ。ひんやりとした空気に、制服から出た膝を擦る。

「この前、卒業遠足ってやつ、行ってきたんだ」

「さっきとみーが言ってた。五組は全員内定って。おめでとう」

 金髪を手で撫でながら「ありがとう」と顔を伏せている。そのままの体勢で、学ランの上に羽織ったミリタリージャケットのポケットに手を突っ込み、中から紙袋を取り出した。

「これ、土産」

 ありがと、と呟いて袋を開ける。中には水晶の玉が赤い紐で巻かれたストラップが入っていた。

「何か、学業運アップ、とか書いてあったから思わず。あ、清香が携帯にストラップを付けない事ぐらいは知ってるから。別に携帯に付けろとか言ってないから」

 矢継ぎ早にまくしたてるのが可笑しくて、口元を押さえて吹き出す。

「付けないなんて言った事ないけど」

 そう言ってブレザーのポケットから携帯を取り出すと、横広に空いた穴に慎重に赤い紐を通す。

「え、つけんの」

 意外そうに清香の手元を見ている優斗は、「つけるならもっと可愛げがあるやつ買ってくるんだったな」と漏らす。

「そっちの方が付けないから」

「だよな」

 通し終えたストラップは、清香の男勝りな黒い携帯のアクセントのように目立つ。

「実はさ、結構緊張してるんだ、これでも。受験票忘れないかなーとか、寝坊しないかなーとか、そんなしょうもない事から」

 優斗はクスクス笑って清香を肘で突く。

「そうやって考えてるうちは大丈夫なんだよ、大抵。とりあえずその携帯は忘れんなよ。お守りついてんだからな」

「はいはい」優しいね、と口に出しそうになり、寸での所で飲み下す。この言葉は禁句だ。

「ありがとうね」

 清香はその一言にとどめ、立ち上がった。優斗も立ち上がる。

「俺はもう、卒業式まで学校に来ないから。とりあえず明後日、頑張れ」

 それまで目を伏せていた清香は、すっと視線を上げて優斗を見上げた。数秒、瞳に映る優しい色を、目に焼き付ける。

「ありがとう。久しぶりにちゃんと話せて良かったよ」

 言葉にできない感情を、無理に押し出す事はやめた。今はその時ではない。

 優斗は長い腕を清香の頭上に伸ばし、ゆっくりと髪を触った。

「頑張れよ」

 踵を返して歩き出した優斗のポケットから、赤いストラップが顔を覗かせていた。

「学業運、関係ないんじゃないの」

 ひとりごちて、小さく笑った。

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