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 翌日、部活を終えて正門まで歩くと、携帯に目を落とした金髪の優斗が、ひらりと手を上げた。後ろで後輩達がヒソヒソと話しているのが聞こえる。清香はクルッと振り向いて「彼氏じゃないからねー」と一言を蒔いて、優斗の元へ駆け寄った。

「あの一言は必要なのか」

 パタンと携帯を折り、デニムのポケットにしまう。

「先輩が金髪ヤンキーと付き合ってるなんていう悪い噂が立つのは嫌ですから」

 その言葉に優斗は苦虫をかみつぶしたような顔をして「俺、黒髪に戻そうかな」と自分の髪を撫でた。

 途中のコンビニで飲み物を買って、長居公園に入った。夏に、圭司と飲み物を買って話をした事を、否が応でも思い出してしまう。

「向こうのベンチにしよう」

 夏の強い日差しを避けるために圭司と座ったベンチとは、反対にあるベンチを指差し、向かった。強い風が一瞬吹き付け、清香は身震いをする。念のためにブランケットを持って来ていた事を思い出した。

「それで、話とは?」

 ベンチに腰掛ける清香の声に、うん、と一呼吸置いて額に揺れる金色の前髪を一度掻き上げると、優斗はゆっくりと話し始めた。

「一連の、清香への嫌がらせ。あれの根源は、秀雄と咲だ」

 大凡分かり切った話に「それで」と目を伏せて促す。

「圭司と留美をけしかけたのも、清香へのシカトを決めたのも、嫌がらせをしたのも、中心は二人。他の奴らは追従してただけだ」

「追従してた奴らだって、表では追従して嫌がらせに加担して、裏では私に謝りに来たんだよ。それってどーなの」

 初めて聞く事実らしく「マジでか、汚ねぇなあ」と優斗は顔を顰める。

 すーっと、初冬の風が公園の中をすり抜けると、枯れ葉が乾いた音を立てて移動する。優斗は首をすくめて寒そうにしている。清香は首に巻いていたマフラーを外し、鞄に入っていたブランケットを首に巻くと、それまで巻いていたマフラーを優斗の首に巻いた。

 珍しく頬を赤く染める優斗を見て思わず「顔色」と口に出す。優斗は「あ?!」とあらぬ声で威嚇する。

 暖かいミルクティの缶を開けて一口飲むと、「分からない事がある」と清香は切り出した。

「何? 分からない事って」

 清香はブランケットの端をクルクルと丸めながら、寒風に顔を顰め、口を開く。

「優斗はあんな状況で、何で私をフォローしたの。何度も秀雄達に呼び戻されてさあ、それでも私の所にいたのは、何で?」

 ベンチに腰掛け直すと一度深呼吸をして優斗は少し悲しそうな笑みを零す。

「同じだからだよ」

「同じ?」

「俺も中学の時、同じ目に遭った」

 掴めない程の遠い目をしながら、今度は笑いの欠片もない真面目な顔で続ける。

「俺は誰にも嫌われたくなくて、皆に優しくしてて、それがたまたまクラスの目立つ奴の気に障ったってだけで、無視されて、陰口叩かれた」

 一度コーヒーを口にして溜め息を吐くと、ちらりと清香を見遣った。

「今回の清香だってそうだよ。清香は何も悪い事してない。酒を飲んで酔っぱらった留美が、圭司に告った。酔っぱらった圭司はキスをした。それだけの事で、その場にいない清香を悪者扱いし始めて、あんな風になった。多分、秀雄は清香の事が好きだった。清香と圭司が別れる事は秀雄に都合のいい事か、どうでもいい事か、どっちかだった」

 神社の脇で、秀雄に言われた言葉を思い出すと、背筋が寒くなる。無下にした事もひとつの要因か。

「切っ掛けなんて、あいつらにとっては何でもいいんだ。ただ、誰かを自分より下に見たいが為に適当にでっち上げて、標的にする。連帯意識みたいなものが、楽しいんだろうな。仲良しごっこ? 俺はそれをされた経験があったから、あいつらには加担しなかった。理由もなくあんな事されるのが辛いってのは、分かってんから」

 鼻の奥がツンとして、清香は涙の予感がした。それでも耐えて、声が震えるのが悟られないように、口を噤んでいた。

「もっと俺が、積極的にあいつらに、やめるように言えたら良かったんだけどな。やっぱり俺も、過去の経験を繰り返したくないから、あれぐらいの事しか出来なかった」

「十分だよ」

 呟くようにしか聞こえない清香の声に「へ?」と聞き返す。

「あれで十分。優斗が傍にいてくれたから何とかなった」

 優斗は「英語のメモ、コピーさせてくれたじゃん、あのお返しだから」と言って歯を見せて笑った。それは作り物の歪んだ笑みではなく、心からの笑みだった事に清香は安堵した。

「圭司の事はもう、忘れられそう?」

 缶コーヒーを一口煽りそう言う優斗に対し、清香は少し考え首を捻る。

「正直、まだ目の前で見ちゃうとドキドキするけど、時間の問題じゃないかな。卒業する頃にはもう、ゴミ程度にしか思わなくなると」

「ゴミって酷いな! 俺もゴミか?」

 清香は暫く考え「ゴミ収集車」とやっと笑う事が出来る。首を傾げる優斗は「割と扱いが酷いんだな」と笑う。

 久し振りに笑った気がする。優斗の前できちんと笑ったのは久々だ。

 笑い声を上げながらどちらからともなく立ち上がり、公園の出口に向かう。金属製のポールを通り過ぎた所で立ち止まった。

「わざわざ、ありがとね」

 優斗は少し黙ってマフラーを外すと清香に差し出し、それから目を細めて笑い、言った。

「俺は味方するから。教室じゃ話しにくい事があったらメールでもして来いよ」

 はにかんだ笑顔で「そーする」とマフラーを受け取り、「じゃ」と言って別々の方向に歩き出した。

 ちょうど公園の敷地を出たところで圭司に出くわした。圭司は清香を見て、遠くにいる優斗を見て、短いため息を吐くと、駅の方へと歩いて行った。


 一度濡れた教科書は、シワが取れないけれど、乾くまで触らずにおいたから中身には影響がなかった。

 優斗の優しさの根源が、残酷な出来事にあったとは想像していなかった清香は、優斗だけは幸せであって欲しい、そう改めて思う。富山に考え直して欲しいと話をしてみようと考えていると、携帯が震えた。着信は、圭司からのものだった。

 携帯を手にするも、通話ボタンを押すかどうか迷い、そのうち留守番電話に切り替わった。鼓動は強く胸を打ちつけ、留守番電話のアナウンスが聞こえてくる携帯電話は、あからさまに震えている。もう片方の指で、通話ボタンを押す。

「はい」

『清香』

「うん」

『今、家の前にいるんだけど、出て来れない?』

 立ち上がり、カーテンの隙間から外を見ると、家の前に黒縁眼鏡を掛けた圭司が立っていた。

 波を描く英語の教科書をじっと見て、意を決する。

「待ってて」

 携帯を閉じてポケットにしまい、上着を羽織ると母親に「ちょっとすぐそこまで出てくるから」と声を掛ける。母親は背後で何か言っていたけれど、無視した。

 私道を遮るポールに身を預け、圭司が立っていた。

「何」

 平静を装い声を出したけれどそれは驚く程震えていて、胸の鼓動は耳にまで響いてくる。

「今日、ユウと何話してたの」

「圭司には関係ない」

 視線は足元に落としたまま、震えが伝わらないようになるべく腹から声を出す。さっと巻いてきたマフラーを、もう一度首に巻き直す。

「やっぱり、ユウの事好きなんだろ」

 清香の胸の中を怒りが去来した。優斗の気持ちを知らないくせに。

「圭司には関係ない」

「それは図星って事だよな」

 苛立ちが頂点に達した清香は、マフラーの端をぎゅっと掴んで「あのねぇ」と口を開く。口の端が痙攣する。

「優斗の事は特別に思ってない。だけど私があんな状況になっても私の事を心配してくれたし声も掛けてくれた。自分も同じ目に遭うかも知れないのにね。だから好きだよ、優斗の事は。少なくとも圭司の事よりはね」

 白い息とともに全てを吐き出した清香を、圭司は暫く無言で見つめ、それからスッと視線を外すと言った。

「謝ろうと思ってたよ、俺だって。何度か機会を伺ってた」

 さっきよりも強い調子で清香は圭司に向かって言葉を吐き飛ばす。

「思ってたって行動に移さなかったでしょ。私がいじめの標的になっても知らんぷり。留美だって表では咲に同調しておきながら裏では謝りにきた。あんた達、何なの。言ってる事とやってる事の矛盾にも気付かないなんて、人として最低だよ」

 俯いた圭司は眼鏡の位置を直し「そうだな、最低だな」と自分に言い聞かせるように呟く。そのまま口を閉ざしてしまった。苛ついた清香が感情を隠さず声を出す。

「で、何が言いたくて呼び出したの。そろそろ宿題やんないとヤバいんだけど」

 圭司を見遣ると、彼は俯いたままで地面を何度か蹴った。白い息が、ふんわりと吐き出される。

「元に戻りたいと思った。でも無理だな、この感じじゃ」

 トクン、と身体を揺らす程の鼓動が、胸を打つ。圭司の事が好きな自分は、まだ清香の中に存在している。しかしこれまで受けた仕打ちは許しがたいもので、好きだという気持ちすら覆い隠してしまうもので、清香はきっぱりと言った。

「無理」

 自分が決断した決別の判断に戸惑いながらも、玄関に向かって歩いた。視界がぼやけるのは何故なのか。

「清香」

 玄関の階段を上る足を、止める。

「悪かった。友達に戻ろう」

 真っ直ぐな視線を跳ね返すように、清香は圭司の瞳を見つめた。

「優斗に謝って」

 玄関に入り、扉を閉めると、真っ直ぐ自室へ向かった。一筋の涙は頬を伝い、それ以上出てくる事はなかった。これで、終わりだ。


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