森の優しい少女
初投稿です。よろしくお願いします。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
何も見えないほど暗い森の中、男の息を吐く音が聞こえる。彼は夜の森の恐ろしさもまだ知らない新米冒険者だ。
「くそっ! 暗すぎて何も見えない」
そう悪態をつく。彼がこの森に入ったのは昼過ぎだったが、森で迷い、すでに日は沈みあたりは真っ暗。この夜の森の中では自分の姿さえ満足に認識できなかった。
「今日はここいらで野宿するしかないか」
これ以上歩いても無駄だと感じた男はそのまま地面に倒れこむ。腰にかけた剣を握って警戒はしているが知識も経験もない新米冒険者がそんなことをしたところで無意味だろう。そして半刻ほど過ぎ、男に睡魔が襲ってきたとき男は声を聞いた。女の声だ。
「〜♪ 〜♪」
何を言っているのかは聞こえないが何か歌っているようだ。暗い森で聞こえる歌声。男は何か不気味なものを感じたが好奇心を押さえることができず、声を出す。
「おい、誰かいるのか?」
すると歌が止まり
「あら? こんなところにこんな時間に人間がいるなんて!」
そんな声がしてすぐに足音。その足音は迷わずこちらのほうに向かってきているようだ。こんな暗いのに迷わずとは、この森に住んでいるのか? 男がそんなことを考えていると、突然腕につかまれるような感触を覚えた。
「っ!?」
男は驚き立ち上がろうとするがうまく立ち上がれない。
「そんな驚かないでくださいな。こんなところで寝ていては危ないですよ?」
そう女が男の耳元でささやいた。
数分後。男は暖炉の轟々と燃える部屋にいた。女、いや少女の家の中だ。
男はここに一人で住んでいるという彼女に引っ張られここまで来た。少女十代前半から後半くらいの年齢に見える。
「驚いた。まさか森の中、それもこんな近くに家があったなんて。あそこからじゃ光なんて全然見えなかったのに」
「ふふっ。ここは木々に囲まれてますから。危険ですから慣れないうちは夜に出歩かないほうがいいですよ?」
少女はここに一人で住んでいるのだという。なんでこんなところに一人でと聞くと、彼女は先祖代々の土地だからだ、と答えた。
「いきなり世話になることになってすまない」
「いえ、ここはほとんど人が来ませんから。話し相手ができてうれしいです」
男は今日ここに泊まり明日少女に森の出口まで案内してもらうことになった。今日の食事はとりの丸焼きに色とりどりの野菜ととても豪華なものだった。
次の日。あたりは深い霧に覆われていた。
「すいません。霧が出ると危険なんです。晴れるまで家にいてくれますか?」
数日いるくらい全然かまわない。男は二つ返事でうなずいた。その日の食事も非常に豪華なものだった。
しかし、ひと月が過ぎても霧は晴れなかった。そして、毎日食事は豪華だった。
「毎日悪いな、こんな豪華な食事。本当にいいのか?」
「はい。私は全然かまいません。それより、ずいぶんと太ってしまいましたね……。」
男の腹はこのひと月で二回りも三回りも太ってしまっていた。
「毎日きりで運動もできないしな。いや、太れるのは幸せなあかしだ。ありがとう」
「お礼を言われることなんて何も」
「しかしこのままだと森から出てからが困ってしまいそうだ」
「ふふっ。なら、ずっとここにいますか?」
笑いながらそんなことを言う少女を見て男の顔が熱くなる。このひと月で男は少女のことをすっかり好きになってしまっていた。
「い、いやそういう訳にもいかないだろう。今更な感じではあるがさすがにこれ以上の迷惑は」
「全然、迷惑なんかじゃないです。あなたがずっといてくれると、私……」
少女は顔を赤らめている。
「す、少し考えさせてくれ!」
もはや顔どころか全身が赤くなった男は自分の部屋に戻っていった。
翌日。霧が晴れた。
男は喜び家の外に出る。ひと月ぶりの外だ。空気がおいしかった。そしてあたりを見回し異常な光景に気付く。
家の周りにある墓、墓、墓。家は数えきれないほどの墓に囲まれていた。
「な、なんだ……これは」
男は思わず後ずさる。
「どうしました?」
男の後ろ、家の玄関にいる少女の声だ。
「こ、この墓は一体……?」
「これは、今まで私たちの食べてきたもののお墓です」
「食べてきたもの?」
「はい。あなたが食べてた鳥とかもこれから埋葬します」
「なんだってそんなことを」
それを聞いた少女の目から涙がこぼれた。。
「みんなかけがえのない命ですよ! 生きるために食べなければいけませんけど、せめてお墓を作るくらいは……!」
男は思う。この少女は誰よりも優しい心の持ち主だと。
「すまない。傷つけるようなことを言ってしまった」
「いいんです。私は森の外に出たことないですけど、きっと外ではその反応が普通なんですよね」
それより、と少女が言葉を区切る。
「晴れちゃいましたね。やっぱり、外に戻りたいですか?」
少女の言葉を聞き、男は決意を固め
「いや、君がいいならずっとここにいさせてくれ」
「あ……。ありがとう、ございます。すごく……うれしいです」
少女は涙をぽろぽろこぼしながら男に抱きついてきた。
男は少女を優しく抱き、そして――。
森の外、すぐ近くに小さな村がある。
「ねぇおばーちゃん。なんで森に入っちゃいけないの?」
「それはね、怖い魔女がいるからさ。怖い魔女はね、人を食べてしまうのさ」
「森に入ったら食べられちゃうの!?」
「いいや、歌声についていかなければ大丈夫だよ。魔女は歌声で人を誘うんだ」
「もし歌声について行っちゃったら……?」
「大丈夫。この魔女はね、嫌がる人を無理やり食べたりはしないんだ。森から出たい。ずっとそう言ってれば帰してくれるよ」
「なら大丈夫だね! 僕森に入ったら絶対出たいもん。でも、なんで魔女は人なんて食べるの? きっとおいしくないよ?」
「それはね、魔女は人を食べないと死んでしまうからさ。魔女も、もしかしたら食べたくないのかもねぇ」
森の中。少女はひとり墓を作る。ずっとここにいると言ってくれた愛しい人の墓だ。少女のまぶたは赤くはれている。それでも少女は泣きながら墓を作る。
彼女はとても怖く、しかしきっと誰よりも優しい森の魔女。
こんな拙い小説を読んでいただいてありがとうございます。
さて、この物語、原作というほどではありませんがヘンデルとグレーテルが発想のもとになっています。魔女って本当に悪いやつだったのかなぁ、と。
むかしばなしには同情の余地がない悪役がたくさん出てきますが、彼らはなんでそんな悪いやつになってしまったんだろう。最近そんなことを思います。