妖精の祝福
ある村にヘレンという女がいた。村長のただ一人の子であったので、年頃になって婿を取り、同時に村長の座も譲られることになる。女だからと反対されなかったのは、ヘレンが賢く、誰よりも働き者であることを村では皆が知っていたためだ。
ただヘレンには残念なところが一つあった。容貌が優れなかったのだ。有り体に言えば不美人の類。
どこかが特別悪いというわけではないのに、全体として見ると、どうにも冴えない。年頃の娘らしく髪型を工夫したり、化粧をしても、正直、代わり映えがしない。村の女衆も何とかできないかと協力をし、おかげで肌はもちもちに、髪もまた艶々になりはしたのだ。それでも印象すら変えられなかっただけでなく、髪と肌が美しく整ったせいで、かえって容貌の残念さが強調される結果に、誰もが落胆するしかなかった。
そんなヘレンが夫を迎えられたのは、父である村長のゴリ押しによる。村では顔が良いと評判の若者ニックが選ばれたのは、娘への見当外れな気遣いか、はたまた孫への期待か。
浅い価値観しか持たないニックはヘレンを嫌っていた。不快になるほど醜くくはないが、側に置きたい顔ではないと。自分には相応しくないと。しかしニックは村長の婿となることで、他の村人よりも贅沢に暮らせると考えて、結婚を承諾した。狭い村のこと、他の女と遊ぶことさえできないと気付いたのは婚姻の後。その不満は妻となったヘレンへの暴言という形で噴出する。つまるところ、先行きは暗雲が立ち込めていると分かる、新婚生活の始まりだった。
そんな、決して楽しい物でない夫との暮らしではあったが、ヘレンは村の事にも家のことにも手を抜けない性格だ。その日も朝早くから畑に出てひと働きしてきたところだった。帰宅すれば朝食の用意をせねばと思いながら、何気なく道へと枝を伸ばす木に視線を向けると。枝と枝の間を埋めるように、白く編まれた蜘蛛の巣がひとつ。そこに、蝶のようなものが囚われているのが目に入った。
ヘレンは蝶が嫌いだ。
ひらひらと機嫌よさげに飛び回って、畑の作物に卵を産み付ける。やがて卵から孵った幼虫たちはばりばりと作物を食べ散らかすのだ。まさしく農家の敵である。成虫となって、花の受粉を手伝うこともあるが、幼虫時代の暴食の対価とするなら大赤字も良い所。
(受粉させるだけなら人間にもできるし、どうせなら益になる方法はないかしら)
十二歳の頃のヘレンはそう考えて、養蜂に行き着いた。遠い地では蜜蜂を飼って蜂蜜を得ているらしい。その方法を少しだけ聞いた覚えもあったからと、自己流で成し遂げてしまった。もちろん簡単にできたわけでもなく。最初は協力者すらいなかった。けれど何度も失敗を繰り返しながら、やがてヘレンは養蜂の手法を確立。ついには村の産業にしてのける。高額で取引される蜂蜜のおかげで村は潤い、ヘレンの評判は上がりに上がった。
無事、養蜂が軌道に乗って、十八歳になる今も、ヘレンは蝶が嫌いなままだった。
だから、常であったならば。
「蜘蛛さん、今日も精が出るわねえ」
くらいに声を掛けて通り過ぎたことだろう。蜘蛛は益虫である。
けれどこの時、ヘレンは何とはなしに違和感を覚えて、蜘蛛の巣から蝶らしきものを解放してやったのだった。
すると。
『助けてくれてありがとう! お礼に僕からの祝福を授けるよ!』
頭の中に直接声が響いて。たちまち飛び去っていったそれが、妖精であったことに、遅まきながらヘレンは気が付いた。
妖精は。ごく小さな人型をしており、背中の翅で飛び回る、厄介な隣人だ。朝露と花の香りと蜜を食べるらしいから、養蜂のために広げた花畑に食事にでも来たのだろう。彼らが厄介なのは、その性向による。陽気でこよなくいたずら好き。いたずらされて右往左往する人間を大笑いしながら眺めるような、そんな面倒な存在だ。しかも、害をなせば祟る。なので人は、なるべく妖精とは関わらず、関わった際には機嫌を損ねないよう振る舞うしかない。ごく稀には人間に祝福を与えることがあると聞く。それで成功した人間のおとぎ話は、子供の頃に聞かされる定番のひとつだ。
「無視して通り過ぎていたら祟られたかもしれないし、きっとそれよりはマシなはず」
ヘレンはそう自分に言い聞かせて、すぐにそのことは忘れてしまった。
さて。どれほど不仲であったとしても。やることをやっていたら、夫婦に子供ができるのは不思議ではない。ほどなくヘレンの妊娠は発覚し、やがて産み月を迎えた。
村長の座を降りた両親は今はもう別の町で暮らしており、近くにはいない。夫であるニックは、妻の一大事だというのに、村唯一の酒場に入り浸っては、独身の友人宅に転がり込んで、帰って来ない日が続いていた。なのでヘレンは村の産婆と二人だけで出産に挑むことになる。
幸い、体力のあるヘレンのお産は、安産と言っても良いものであったらしく。本人としてはこれほど苦しんだのに安産と言われて、釈然としないものがあったのだが。それでも順調に後産も済み、いざ赤子と対面という時になって、ヘレンは異常に気が付いた。
生まれたのは女児で、元気に産声を上げており、見たところ、五体満足のようでもある。産婆によって拭き清められた我が子を渡されて、横たわったまま腕に抱く。
ヘレンは、これまで村の女性の出産に立ち会ったこともあり、生まれたばかりの赤子がどういうものだか知っている。赤くてふにゃふにゃして、頭の形が尖っていたりで、ほやほや泣く。生まれたての赤子は、産みの母の贔屓目でもないと、可愛らしいとは言い難い。我が子もそんな、赤い猿のような姿のはずだった。
けれどヘレンが産んだ娘は、生まれたてだというのに、美しいと感じさせる子だったのだ。むくみがあって、十分に開かないはずの瞳が、くっきりと開いている。さすがに視力はほとんどないのだろうが、その瞳には引き込まれるほどの輝きがあった。
その異常な様子に、
(妖精の祝福がまさかこんなことに!)
と思い当たったのである。
我が子を抱きながら、まだ辛い身体をベッドから起こして、ヘレンは産婆の様子を窺う。村で出産に立ち会い続けた産婆からしても、この赤子が普通でないことは分かったであろうから。
「フランシス、決して、この子の顔について話してはいけないよ。たとえお前の家族にであっても。もしうっかり話してしまった時には、お前もお前の家族もこの村で暮らしていけなくしてやるから。その代わり、黙ってさえいてくれるならば、お前の家への蜂蜜の分け前を増やしてやろうじゃないか」
産婆――フランシスを脅したのは、赤子の美しさを人に知られてはいけないと、咄嗟に思ったからだ。今なら、他に知る人はいない。そしてこの村限定とはいえ、ヘレンには村長としての権限がある。これまでは使ってこなかったが、一家族を村八分にすることくらい容易い。我が子を守る為ならば、そのくらいしてのけよう。
「ですけど、ヘレンさん。この赤さんはきれいすぎます!」
「分かってる。これは妖精の呪いの結果。だから人に言ってはいけない。身体が動くようになったら、私はこの子を連れてすぐに森の魔女様のところに行く。悪いけれど、それまで私とこの子の面倒を見て頂戴。別口で報酬は用意するから、私の産後の肥立ちが良くないとか、周囲には言っておいて。安静が必要だから、誰も手伝いにも見舞いに来ないようにとも」
本来、出産後のヘレンの面倒を村の女衆が交代で見てくれる手筈になっていた。それはとてもありがたいのだが、やってきた女たちに赤子を見せずにいるのは難しい。
「でもヘレンさん、わし一人ではやれる事に限りがありますよ」
「私も、こんな形で妖精の呪いが現れるとは思っていなかったから。私の方は何とかするから、この子の世話だけでもお願い」
「わしは産婆を三十年からやっちょる。だから言うがね? 出産直後からしばらくは安静にしとかなきゃいかん。ここで無茶しよったら、後で皺寄せが来るんよ。ヘレンさんは村の女衆に面倒見て貰って、しっかり休むとええ。この赤さんは、人にうつる皮膚の病気だからと言って、わしが見るよって。誰にも会わさん。それでええんじゃろ?」
フランシスはその言葉通りにしてくれ、通常の半分の期間で気力で床上げしてのけたヘレンは、ハーミアと名付けた娘を連れて、森の奥に住む魔女を訪ねるのだった。
村の近くに広がる森の奥に、一体いつから魔女が住み始めたのかを知る者はいない。もしかしたら村ができるよりも前のことかもしれない。ともかく長い間。魔女は森に住み続けてきた。使い魔は何匹かいるが、同居人はおらず、基本ひとりきりで暮らしている。
村には医者も薬師もいないので、怪我や病気になった者がいると、家族が森へと走る。森の中心には欅の大木があって、幹には洞がぽっかりと空いていた。魔女に用のある人間は、その洞に向かって要件を告げる。そうすると魔女の返答があり、使い魔が派遣される仕組みだ。使い魔の目を通して患者を診た魔女は、状況に応じた薬なりを使い魔経由で届けてくれる。魔女の薬は大抵よく効くのだ。また、深刻な悩み、人の手に負えないような問題を相談することもある。魔女には広く深い知識を持つという賢者の側面もあった。
どちらの場合でも、謝礼をするのは当然とされている。とはいえ、どれほど感謝をしようとも、一介の村人に出せるものなど限られており、せいぜいが畑の作物などを洞に届けるくらいしかできないが、それで許されていた。
魔女は、内容によっては依頼を断ることもある。数百年だかそれ以上生きている力ある魔女といえど、天命には逆らえないのだという。明らかな死病だとか、手遅れな大怪我などである。また、人間同士で解決できそうな内容には口出しも助言もしなかった。
そういう線引きを魔女はしており、村人はその範囲内で恩恵に与っている。森に住む魔女は、金やら高額なものを欲しない。ただ、一定の距離を保ったまま、必要以上に干渉しないこと。それが魔女と平和に暮らすコツだった。
ヘレンは、森の主のようなケヤキの大木の所まで来ると、洞に向かって声を掛けた。
「魔女様。ボトム村のヘレンです。どうか私の娘をお助けください。妖精の呪いが掛かっており、このままでは不幸になるしかありません」
すると、どこからか真っ黒なカラスが現れて口を開く。
『妖精の呪いとは穏やかではないな。どれ、その子をよく見せなさい』
ヘレンは素直に、おくるみから赤子の顔を出して見せる。
『たしかに妖精の力の痕跡がある。だがこれは呪いではなく祝福であろう?』
「過ぎた美貌は、こんな村の子には災いです」
『……さすが、知恵者と評判の女村長。その判断は正しい。あたしの使い魔についておいで。直接見て判断せねばなるまいから』
使い魔のカラスが飛ぶのを追っていくと、ふいに空気が変わって、一軒の家の前に出た。
『こっちだ。中までおいで』
カラスが家に入っていくので、ヘレンも続く。中は外観よりも広いが、魔女の家だと思えば不思議にも感じなかった。それよりも娘への心配で頭がいっぱいだったというのもある。
居間らしき場所で、ヘレンは魔女と対峙した。魔女がここに住んで以来、訪れた人間はおらず、直接まみえた者もいない。
魔女は、それらしい黒いローブを身に纏ってはいたが、想像していたような老婆ではなかった。年齢不詳の女、としか分からない。背も曲がってはおらず、むしろ長身だ。赤子を差し出すようにと伸ばされた手にも皺ひとつない。それでもヘレンには魔女だと分かった。きっとそういうものなのだろう。
『さて、ボトム村のヘレン。妖精と関わったことがあるんだね? 話してみなさい』
「あれは、この子がお腹にいると知る前でした。蜘蛛の巣に掛かっていたのを妖精と知らず助けると、祝福を授けるとだけ言って去ってしまいました」
勧められるままに椅子に腰を下ろし、向かい合う魔女にありのままを告げる。魔女は、母から離されてぐずる赤子を器用にあやしながら、観察を続けていた。
『祝福がその時すでに腹にいた赤子に授けられたと。まあそうだね。そう読み取れる。妖精どもは厄介ではあるが、受けた恩は返すからね。相手の心を読み取ったうえで。ヘレン、お前さん、美貌を欲しがっていたね?』
「このご面相ですから、幼い頃からさんざん不器量だと言われてきました。自分の顔だから愛着はあっても、それでももう少しだけでも美しければと、ずっと思っては来ましたとも。そうすれば夫の態度も変わるかもしれないと、きっとあのときも」
『素直にお前さんに返しておけば良いものを。まったく、妖精って奴は勝手でいけない。
さて、分かったことを教えよう。これは確かに祝福だ。呪いや祟りであったならば、あたしには返すことができる。だが祝福は性質が違う。だから現状、どうすることもできない』
「でも魔女様、この子を村でそのまま育てることはできません! 魔女様でこの子を見るのは三人目ですが、皆、女でした。だから今も穏やかに接していられるのでしょう。ですが、男の目だとどうなるでしょう? まだ赤子ですが、大きくなればもっと美しさは明らかになる。村の男衆は狂うのではないでしょうか。この子の父である私の夫すら含めて。そうして外にも知られて、広い範囲での奪い合いとなる未来しか見えません。暴力からも権力からも、私では守れないのです」
魔女は叡智の籠った瞳でヘレンを見つめた。そこには同情があり、同時にその先見の明を喜ぶ色があった。
『お前さんのその考えは正しい。この子に与えられた美貌は、過ぎたものだ。傾城、傾国の美女となろうよ。そうなればこの辺りも更地になりかねぬ。村長であってもお前さんには荷が重かろう。あたしとて、この平穏な毎日を、この森を失いたくはない。下手にこの子を思ってでも美貌を傷つけたら、祝福を授けた妖精に伝わってしまう。そうして報復が始まる。それはそれでよろしくない結果となろう。
何かできないかは検討する。けれど簡単に出来るとは言えない。だから、この子はあたしが引き取ってここで育てよう。重い病が生まれつきあって、村では育てられないとでも言っておくがいいさ。
生まれて間もないこの子と引き離されるのはお前さんには辛かろうが、あたしに相談すると判断したんだ。それが最良と分かるだろう。
しばらくは胸も張って痛かろうが、毎日使い魔をやるから、絞った乳を渡しなさい。お前さんにだけはこの家に来て娘に会えるようにしておくから、数日毎には顔をお見せよ。仕事も家のこともあるだろうから、毎日は難しいだろうからね』
腕に戻され、母の胸に夢中で吸い付く娘と離れるのは、考えただけで涙が出る。だがヘレンには、どうあってもこの子を村で育てられないと分かっていたから、魔女の提案を受けた。村長でなければ、心の通わぬ夫も捨てて、娘と共にここで過ごすことを選んだだろう。だがヘレンには役目を投げ捨てることもまた、できなかった。
こうして、ヘレンは娘と離れ離れで暮らすことになる。小さく頼りなく、全身で母を求める我が子とは、会いに行って別れる度に辛くて仕方がない。だがそれが日常になれば、人は慣れるのだ。
ヘレンは、魔女ですらどうにもできずにハーミアが戻って来られないことを考えて、珍しく帰宅した夫を酔わせて、もう一人子を儲けた。今度生まれたのは男の子で、父親似であったので、ヘレンは深く安堵する。妖精の祝福は娘一人のみで終わったらしい。イジーアスと名付けた息子をもヘレンは深く愛して、父親のようにならないよう、注意深く育てた。イジーアスには一歳上の姉がいること、ハーミアというその姉とは病が癒えない限り、イジーアスであっても会えないということも教えた。実の姉弟であってもハーミアの美貌に狂わされる可能性があるから、ヘレンは決してイジーアスを連れては森に行かなかった。
会ったこともない姉に、母の心の半分を奪われていることが面白くはなかったイジーアスであるが、村の他の子供を見た結果、一緒に育ったところで、兄弟姉妹がいれば親の関心をひとりじめするのは難しいと、悟るのも早かった。中身はヘレンに似たらしい。やがて字を覚えると、姉へと手紙を書くようになり、喜んだハーミアから返事が来て、姉弟は手紙を介して絆を深めることとなる。
こうして月日は流れて。離れてはいてもハーミアもイジーアスもすくすくと育つ。その間に、深酒をしたニックが川に落ちて、ヘレンは寡婦となったが、さして問題にもならなかった。
森の中で魔女に育てられたハーミアは、実母以外に人と会うこともなく十二歳になった。見様見真似で魔女の仕事も手伝う。薬草を育て、薬を作る。
数日おきに訪れる実母からは料理も習った。魔女は魔法と使い魔で家事をどうにかしていたが、ヘレンが来る度に持ってきたり、魔女の家で作ったりする料理を魔女がたいそう喜ぶのを見ていたからだ。
『魔法で作った料理はもう一つ味気がなくてね』
ハーミアは離れて暮らす母と弟のことを愛していたが、魔女のことも愛して尊敬していた。大輪の花の蕾が色付くように、ハーミアの美貌も色付き、まさに開花しようとしている。妖精の力は魔女の力とは系統が違うために、未だ解決策は見いだされていなかった。
そんなある日のこと。魔女の家に依頼人の声が響いた。
「森の魔女様に相談があります。私はこの地を治める男爵家の娘、ヒポリタ」
魔女のことは特に隠されてはいなかったので、知る者は村人だけではない。だが滅多に村人以外が相談に来ることもなかったのは、ボトム村と続く森への道が悪かったせいだ。だが養蜂の規模が大きくなって、村に至る道に大型の馬車さえ入れるようになったからには、今後はこういった相談も増えるかもしれなかった。
面白がった魔女は、ヒポリタという令嬢だけを家に招いた。お付きの者たちを欅の側に残して。ハーミアは部屋から出ないように言いつける。
ヒポリタはハーミアと同じ十二歳であった。
「魔女様。男爵家はこのボトム村の蜂蜜もあって、領地からの収益も上がっています。我が家だけのことでしたら問題はありません。ですが隣領の子爵家の動きが怪しいのです。我が男爵領を取り込もうと動いていると判明しました」
『魔女は人の政治や抗争には関わらないよ』
「承知しております。私には武器が必要なのです。子爵家だけでなく、他家にも睨みをきかせられる力が。我が家の後継である弟は、まだ十一歳。父はすでに亡く、女男爵である母が切り盛りをしておりますが、女子供だけと侮られることも少なくはありません」
『武器とな? お前さんが望むのはどういったものだい?』
「財力、権力、武力……などでしょうか」
『そのどれもが、魔女の仕事の範疇外だよ』
「ですが、このままでは領地を守れません」
魔女の目の前に座るのは、茶色い髪に青い瞳の娘だった。色合いはハーミアと同じだ。派手ではないが質の良いドレスを着て、まだ幼さを残す頬はまろい。だがその瞳には強い意志と知性が宿っており、魔女を嬉しがらせた。こういう人物が魔女は大好きなのだ。ヘレンを気に入っているように。だからこう言った。
『お前さんに、下手を打てば国を傾かせるだけの力を与えることができると言ったら、どうするね?』
「受けます。そして決して道を誤りません」
『人は惑うものさ。だがそれだけの覚悟があるならば、提案があるよ』
「お聞きします」
『あたしには預かっている子がいる。お前さんと同じ年の娘だ。妖精の祝福を受け、類稀なる美貌を持って生まれた。世に放てば、誰もが欲し、奪い合うであろう至上の美貌だ。ただ、その娘はただの村の子供でね。せっかくの恩恵だが使い道がない。だが、お前さんが使い熟せるというのならば、運命の交換をしてやろう』
ヒポリタは魔女の提案に戸惑う。美貌とやらで自分の望みが叶うとも思えない。
「美貌、ですか?」
『ただの美貌じゃない。傾城傾国。人知を超えた美は、力となる。振り回されるのでなく振り回すのであれば、これほど強い力もない。しかもお前さんは女だから、使いようはあるというものだ。どうだい、一度会ってみるかい? そうすれば実感するだろうよ』
ヒポリタも興味を惹かれたようであったので、魔女はハーミアと対面させた。
「なんという……! たしかにこれほどの美貌は力に、武器になります!」
周囲のすべてを圧倒し霞ませるだけのハーミアの美貌を前に、ヒポリタが震え、だが怯まないで顔を上げた。
「私ならば、この美貌を武器にしてみせます!」
『よいだろう。では二人、魔法陣に乗りなさい。向かい合って右手同士、左手同士で手を繋ぐように。そうだ。いいかい? 術を発動するよ?』
魔女の家の床が円を描いて光る。人がめったに見ることのできない魔法。魔女ですら、大きな力を使う際には、魔法陣に頼るのだ。二人の娘は素直に従い、向かい合って交差した手を握る。
――ハーミアの妖精の祝福をヒポリタに譲渡するものとする。以降、二人の軌跡は交わらず、運命の輪は新たな軌道を刻むであろう――
魔法陣の上で、運命を取り換えた娘たちが崩れ落ちる。祝福の移譲。魔女は注意深く術を行使したが、それは人の身には大きすぎたからだ。
使い魔に命じて二人をソファーに横たわらせる。貴族の矜持か、ヒポリタは意識を保っていた。
『男爵家の娘、ヒポリタ。よくお聞き。ハーミアの受けた祝福はお前さんに無事譲渡された。これから一年かけて、祝福はお前さんに馴染んでいく。すぐに発露はしないようにしてある。いきなり顔が変わっては、家族も認識できないからね。あたしへの報酬は、そうだね、見せておくれ。その祝福を我が物として、お前さんが戦い抜くところをさ』
ハーミアの上からも、祝福は徐々に消えていった。一年後には、ヘレンとニック、その両方の面影のある、まあまあ可愛らしい容姿のごく普通の村娘となって。
ヘレンは、過ぎた祝福を譲った娘に抱き着いて泣いた。これで普通の人生を送れるだろうと。
相談の上、ハーミアは母と弟と村に住むことになった。だが魔女の弟子は続けて、村の薬師となる。やがて恋に落ちて家庭を持ち、ヘレンに孫の顔を見せることになるのだ。平凡で当たり前。けれど身の丈に合った幸せをハーミアはようやく得た。
一方、ハーミアの祝福を移譲されたヒポリタの命運も大きく変わった。その美貌が際立つようになると、周囲への影響を深めて、自分の手足となる存在を増やしていく。子爵家の中にも手を伸ばして、その野心を折ると、近隣を事実上制圧。男たちは誰もがヒポリタを求め、しかしあまりの存在感に膝をつくのだ。その有用性が知られて、寄親の伯爵家の養女となった後は、社交界に上がる歳になると台風の目となった。
元々は自分の力でないと自覚するヒポリタは、冷静に周囲を操り、ついには王太子シーシアスに見初められて結ばれ、王妃の座へと歩む。
実弟の治めるかつての郷里への手は厚く、ハーミアと魔女への感謝から、ボトム村と魔女の森へは不必要な干渉を禁じた。
運命を交換した二人の娘は、そうして己に相応しい場所で生涯を過ごすことになる。
『なんか、僕の思ってたのと違うことになってる? まあいいか。こういうのも偶には面白かったしね!』
過ぎた美貌の不幸。けれど、使いこなす人の元であれば、有効ではないか? という話です。
ちょっと童話に近いかな。
キャラ名はすべてシェイクスピアの『真夏の夜の夢』から。いや、ヘレンのキャラが最初に浮かんで、自分の名前はヘレンだって言うから。ヘレンは後に再婚します。彼女の手腕に惚れ込んだディミトリアスという男と(笑) ハーミアが結婚した相手の名前はきっとライサンダー。
ヒポリタ側は駆け足になりましたが、本人がしっかりしていた為に、トロイア戦争を引き起こしたヘレネのように受け身にはなりませんでした。むしろ他国を積極的に併合していったという。『真夏の夜の夢』のヒポリタは何せアマゾン国の女王だからして。
蜘蛛の巣から助けられた妖精のモデルは、もちろんパック。愉快犯。迷惑。妖精国から出てくんな。
産婆の口調はなんかこんなことになりました。どっから出て来た?




