第1話 泥の中の宝石
「お姉様、ごめんなさい! 私が不注意だったばかりに……!」
王宮の夜会、燦びやかなシャンデリアの下。
義妹のエミリアが、わざとらしく床に倒れ込み、涙を流していた。
その足元には、砕け散ったワイングラス。そして、赤い液体が彼女の純白のドレスを汚している。
「なんてことだ! リリアナ、貴様、エミリアに何をした!」
私の婚約者である第二王子・カイルが、憎悪に満ちた目で私を睨みつける。
周囲の貴族たちも、冷ややかな視線を私に向けていた。
「嫉妬に狂って妹を突き飛ばすなんて」
「これだから前妻の娘は……」
私は、ただ黙ってその光景を見ていた。
弁解? 無駄だ。
エミリアが自分で転んだことなど、誰も信じない。彼女は「聖女」として愛され、私は「無能」として疎まれているのだから。
けれど、私には見えていた。
エミリアの背中から立ち上る、どす黒い影を。
それは「悪意」だ。私を陥れ、嘲笑い、踏みにじろうとする純粋な悪意。
その瞬間、私の固有スキル『結晶化』が、勝手に発動した。
――カチャン。
誰にも聞こえない小さな音がして、私の足元に「それ」が落ちた。
黒く輝く、小指の先ほどの宝石。
『黒曜石』。エミリアの悪意が結晶化したものだ。
(……ああ、またこれか)
私は密かにそれを拾い、ドレスのポケットに入れた。
私のスキルは、他人の悪意を宝石に変えることができる。
ただし、この能力を知る者はいない。知られれば、「魔女」として処刑されるか、一生飼い殺しにされるかのどちらかだ。
「リリアナ! 貴様との婚約は破棄する! そして、我が国からの追放を命じる! 極寒の地、ノースガルドへ行け!」
ノースガルド。魔物が跋扈する北の果て。生きて帰った者はいないとされる死の土地。
カイルの宣告を聞きながら、私はエミリアを見た。
泣き真似をする彼女の口元が、私の陰でニヤリと歪む。
(ざまあみろ、お姉様。これでこの国は私のものよ)
――カチャン、カチャン。
彼女の醜い思考に合わせて、また二つ、大粒の黒曜石が生成される。
私は静かにカーテシーをした。
「謹んでお受けいたします、殿下。では、私は辺境へ参ります」
私の声には、一片の感情も混じっていなかった。
悲しくない。後悔もしない。だって、この国に私の居場所なんて、最初からなかったのだから。
ただ一つ奇妙だったのは、今日のエミリアの悪意から生まれた黒曜石が、これまでの中で一番大きく、濁りのない極上品だったことだ。
愛されていたのかもしれない。ひどく歪んだ形で。




