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エッセイ:主語のない会話が夫婦を迷子にする

エッセイ:主語のない会話が夫婦を迷子にする


私たちは30代の夫婦です。

仲は悪くないと思うのですが、どうも妻との会話がうまくいきません。

いや、正確に言うと──「情報が足りなすぎて混乱する」のです。


端的に言えば、いわゆる「主語がない」というやつです。

本人の中では筋道が立っているのでしょうが、聞いている側はまるで途中から会話に放り込まれたような感覚になります。


ある日の会話


休みの日、子どもと外出している妻から電話がかかってきました。


「そろそろ行かないといけないんだけど」

「どっちに?」

「買い物に」

「ああ」

「見てもらえる?」

「家と子ども、どっち?」

「子ども」

「ああ」

「迎えに来てもらえるかな」

「どこに?」

「公園」

「どこの?」

「××公園」

「ああ」

「自分が迎えに行くから」

「分かった」

「うちに」

「で?」

「途中で会えればいいと思って」

「ああ、そういうことか。で、どういうルートで行ったらいいんだろう? すれ違いたくないし」

「左の道」

「誰が、どこで、どっちを向いての“左”だよ!」


この瞬間、私の頭の中は地図アプリのピンがぐるぐる回るような状態です。

妻に悪気がないことは分かっています。

ただ、「どの左なのか」「どこのことなのか」を確認するだけで、ものすごい情報戦になります。


一方、妻に言わせると「話せば分かると思っていた」「察してくれると思った」とのこと。

確かに、長く一緒にいると、言葉を省略しても伝わる瞬間はあります。

でも、それは「完全に共通の前提がある時」に限られます。

それ以外では、ただの“会話迷子”です。


主語は、思いやりの出発点


夫婦の会話で一番大事なのは、意見の一致ではなく「状況の共有」だと気づきました。

「今、誰が」「どこで」「何をしようとしているのか」をはっきりさせる。

それだけで、無駄なすれ違いはぐっと減ります。


主語を入れるというのは、相手の頭の中に自分の映像を届けること。

それは、思いやりの最初の一歩なんだと思います。


おわりに


妻の「左の道」という一言には、確かに愛がありました。

「早く会いたい」「うまく合流したい」という気持ちの表れです。

ただ、その愛は主語のない迷路の中で、たまに行き先を見失ってしまうのです。


それでも、私は思います。

今日もまたその“左の道”を笑いながら探せるうちは、まだ大丈夫だと。

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