第3話 彼の音
トークアプリでちょこちょことお喋りをするようになった。僕から送って僕がスタンプ押して終わるようななんか一方的な感じだけど、嫌がられてはいないのかな?って思う。作ってるゲームの物語の話やアプリの話、それともう一つ。
:実はベースやってる。
:え?!(゜Д゜;)見せてよ!!
:音は見せられないと思うんだけど……
:そうじゃなくて動画とか!
:(動画)
:美味い( ◍′༥‵*◍)ŧ
:たべもの?それに今授業中なんだけど…?
授業中に僕の動画を見てくれてるのはかなり嬉しかった。他愛ないやり取りが積み重なっていくのがお付き合いってことなんだろう。そこに喜びを見出す自分がいる。寂しかった心が埋まっていく。そんな風に思う。
「べーすWWWW」
リルカがあたしの天羽とのトーク画面を見て笑い転げていた。罰ゲームだから見せるように言われていた。
「せめてそこギターだろ!ウケるわーWWW」
綿島もケラケラ笑っている。そこに不思議とムッとするような胸の重みを覚えた。画面の中の天羽の奏でるベースの音色はとても綺麗だった。
「てかこのべちんべちん指を叩きつけるのまじきもww」
「それはスラップ奏法っていうんだよ。別に普通」
あたしは動画の中でスラップ弾きしている天羽を庇った。別にそんなことをする義理はないはずなのに。
「てかなんでこいつ動画の中だと目の色変なの?」
動画の中の瞳の色は緑だった。カラコンを外すように言ったんだけど、学校ではやっぱりまだつけたままだった。だけどこうやって変な色なんて言われるんなら、カラコンで隠しちゃうのも無理はないのかも。皆は天羽を玩具にしてるけど、それに不思議と乗っかれない自分がいるのを感じる。退屈を誤魔化すためのウソコクなのに、今はそれに興じている皆に退屈だった。
家に行ってみたいと、紫吹さんに言われた。僕は結構悩んだ。だけどリビングとかに入れなければいいかと思い、頷いた。
家に行ってエッチを断って来いという無茶ぶりを言われた。罰ゲームだから渋々頷いた。だけど反面、興味がある自分もいるのも事実だった。家ではゲーム作ったりしてるらしい。それにはちょっと興味もあったし、生のベースも見てみたかった。だからお邪魔した。天羽の家は新築のかなり大きな家だった。都内二十三区でこの大きさってことは結構なお坊ちゃんなのかも。
「おじゃましまーす」
「どうぞ」
天羽は丁寧にスリッパなんて用意してくれた。別にそんなの気にしないのに、気遣いが少し嬉しかった。
「お母さんとかは?」
「……今はいない」
つまり今この家にはあたしと天羽の二人きり。やっぱり天羽もそういうのを狙っているんだろうか?いままで天羽からはエッチな視線を感じたことがなかった。あたしが制服を着崩して開けている胸元にも、短くしたスカートにも視線をやらず、いつもあたしの目だけを見ていた。今も緑色の瞳はあたしの目だけを見ている。なんかそれにイラっとするのを感じた。なぜなんだろう。とりあえずこの感情は棚に上げて、案内されるまま二階に上がった。
「わ!すご!」
二階の彼の部屋はとても広かった。ロフトもある。ベットはなく、部屋の端に、布団が丸めてあった。そこに視線が行っちゃうのは自分でもおかしいと思った。
「これでゲーム作ってる」
「画面がいっぱい?!」
とても大きな机にモニターが三枚もあった。パソコンの本体はなんかギラギラに光っている。
「なんでパソコン光ってるの?」
「開発用にパソコン探してたら、結局グラボの性能いいゲーミングPCになっちゃったんだよね。別に僕の趣味じゃないよ」
何を言っているのかよくわからないけど、本人はそのつもりはないようだ。
「でもなんかネイルみたいでかわいいかも」
「それならよかったよ」
天羽は優し気に微笑んだ。綺麗な笑顔だ。あたしも釣られて笑ったでも、なんだろう。どこか頬が熱くてにやけてしまう感じがした。
「僕はUnityで開発してる。UnrealEngineも検討したけど、日本だとUnityの方が参考書も多いしね。英語で海外のサイトを探してもいいけど、日本語の方でできるならその方がいいしね」
「ゆにてぃ?なに?」
「ゲーム開発用の統合開発環境だよ。VRとかも作れる」
言ってることがぴんと来ない。あたしが首を傾げたからだろうか。モニターに何かを映してくれた。ポリゴンのスライムみたいなキャラが映っている。
「こうやって弄ると……」
天羽はキーボードをカチャカチャ弄っていく。するとスライムが大きくなったり色が変わったりした。そして画面の中で生き生きと動き出した。
「ほぇ。すごいね」
「まあ。頑張ったからね」
謙遜ではなく努力を強調してきた。なんか不思議な感じだ。
「今はRPGを作ってるんだ。かなり勉強したよ。イラストから書き起こしてキャラデザしてそれをBlenderでモデルにして、Unityに持ってきてロジック組み立てて。僕は昔のJRPGが好きでさ。今みたいなネットゲームとかソシャゲーとか苦手て。だから自分が好きなものを創りたかった。でもネットに公表したらさ、いろんなところから面白かったって言ってくれて、それがすごくうれしくて続きを今造ってる」
どこか誇らしげに見えた。それは自慢話なのだけど、今まで聞いてきた男子たちの自慢話とは違う。なにが違うのかはわからない。でもその違いになにかきゅっと胸が絞られるようなもを覚えた。
「音とかも作ったの?」
「あ、あー。それは……ちょっとついてきて」
パソコンを閉じて、天羽はあたしを別の部屋に案内した。それは地下室だった。壁が特別な感じで音が漏れないような感じだった。ドアも分厚い。その部屋には例によってモニターいっぱいのパソコンと部屋の片隅にベースが六本くらいあった。
「ベースいっぱいだね。一個じゃ駄目なの?」
「だめだよ!プレベやジャズべ!スリングもクロムやスチールニッケルで全部音が変わる!他弦ベースだって必要だ!」
なんかクラスのオタ君みたいに口がペラペラと廻っている。ベースオタクなんだなって思った。
「そうなんだね。すごいんだ」
「ベースは奥が深いんだ。うん。で、音なんだけどね」
天羽はパソコンの前に座る。引き出しを引いて中からキーボードとなんかごちゃごちゃ色々なボタンと丸い板がついている謎の機械を取り出してパソコンにつないだ。
「他の人には言わないでね。これで作曲してる。ベースで適当にラインを造ったらそれをキーボードで再現して調節してDTMで作り込むんだ」
やっぱり何を言っているのかわからなかった。だけどその眼はまるでカブトムシを見つけた子供みたいに輝いている。
「そうなんだ。でもなんで秘密なの?」
「……ごめん。それは……秘密」
どこか浮かない顔をしていた。なんか地雷っぽい。
「うん。わかった。じゃあ言わない。ねえでも何か聞かせてよ」
「わかった。それなら」
するとパソコンから聞いたことのないメロディーが聞こえてきた。冷たくてどこか重い。なのに甘いメロディーだった。あたしの頭にそれがゆっくりと刻まれていくのがわかった。痛いくらいに忘れられそうにない刻まれかた。不思議と私はハミングをしていた。
「歌。好きなの?」
「好きではないけど、得意」
私はハミングをメロディと共に続ける。天羽が真剣にあたしの目を見詰めている。その瞳の奥に何か寂しさのようなものが見えたのは気のせいだろうか。彼の心に今触れた。そんな気がした。そして夕暮れくらいになって帰るように促された。エッチに誘われるなんてことは全くなかった。最寄りの駅まで送ってくれた。
「今日は楽しかった。ありがとう」
「ううん。あたしも。なんかよかった」
どうしてだろう。このままサヨナラするのが、寂しかった。手がぶらぶらと揺れる。それに彼が気がついたようだった。そして彼はあたしの小指を優しくつかんだ。彼の頬は赤くなっていた。もしかしたあたしも。
「またね」
「うん。またね」
それだけで満足だった。あたしは駅の改札を潜る。ホームに登るまでずっと彼のことを見詰めていた。
「で?!どうやってエッチ断った?!」
「どうって。誘われなかったけど」
「かぁ!童貞くんwwwだっさ!」
エッチの話が出た時にあたしは自分でもわかるくらいに苛立ったのを感じた。部屋の端にあった丸まった布団。あれを思い出してしまう。
「だけどそのうち勘違いしてしつこく誘い出すはずだからそうなったら俺に言えよ!」
綿島があたしの肩に手を乗せる。今まで何も感じなかった。今頭の中で比較した。あの時つないだ小指の暖かさと。あたしは自然に肩を振っていた。綿島の手が放れる。綿島は戸惑っていた。だけどそんなのどうでもいい。傍に居ない彼は今、あの部屋で音作りをしているのだろうか?そんなことをぼーと考えた。




