8:王太子の嫁な!
三人の密談はとりあえず終わったらしく、遺言状の開封の儀が再開された。
主に遺産の受け渡しの遺言状だったらしいけれど、それぞれが読んで笑ったり、涙を零したりしていた。
おじいちゃんと皆の関係性が見えて、心がポカポカと温かくなった。
国王陛下だぞ!って威張り散らすようなタイプじゃないってのは今までの付き合いもあって分かってはいた。けれど、私たちと過ごしていたときも、おじいちゃんはおじいちゃんのままで自由に過ごせていたんだなと思えたから。
「最後に、ルシエンテス男爵家・エマ嬢」
「は……はいっ」
恐る恐る封蝋を剥がし封筒を開くと、中には便箋と少し膨らんでいる小さな封筒が入っていた。
とりあえず、便箋から開いたほうがいいだろうと思い封筒から取り出すと、カサリと紙が擦れる音がしんと静まり返っていた謁見の間に響いた。
皆の視線が辛い。完全に『誰だあれ』という空気が漂っている。
二つに折りたたまれた遺言状をゆっくりと開いた――――。
「…………………………は?」
ベチンと音が出る勢いで遺言状を二つ折りに戻した。なんか、見ちゃいけない言葉が見えた気がして。
出来れば見間違いであって欲しい。
もう一度ゆっくりと少ーしだけ開いて、覗き見る。
……見間違いじゃなかった。
遺言状には『王太子の嫁な!』とだけ書かれていた。
意味が分からない! 分からなさ過ぎる!
この場合、王太子ってデメトリオさんよね?
いや、てか、なんでよ。遺言ってことはコレ逃げられないヤツよね? 王命より重くない!? えっ!?
――――王太子の、嫁ぇぇぇぇ!?
遺言状から顔を上げて、バッとデメトリオさんを見たら、彼は右手で目を覆い隠して眉間を揉んでいた。
あれ、さっき見た。頭が痛くなるくらいイラッとしてるやつ。
「エマ嬢、中にはなんと?」
「え……『王太子の嫁な!』だけ、です…………」
謁見の間がどよめきを通り越して、大騒ぎだった。あと、隣に並んでいる侍女さんたちがガン見してきてて怖い。
王城に勤めるのなら、家格以外に眼力も強くないといけないの?
「あの、二枚目もあるようですが?」
「え? あ、ほんとだ」
眼力が天元突破な侍女さんにそう言われて二枚目を見ると、ほとんどがおじいちゃんからの感謝の手紙だった。
庭園での穏やかな日々……ん? 騒がしくなかったかな?
孫との楽しい時間……んん? 口喧嘩してなかった?
接戦を極めたチェス……とかしたっけ? めちゃくちゃ弱かったけど?
手紙にはありがとうがいっぱい書いてあって、また涙が出てきた。デメトリオさんに貸してもらったハンカチが大活躍だ。
「……あ、チェス盤と駒のセットをくださるそうです。ん? 封筒の中を見ろ?」
封筒の中にぷっくりと膨らんだ小さな封筒が入っているのは気付いていた。封を開けて取り出してみる。
コロンと出てきたのは、薄ピンクのキラキラした宝石が付いた指輪。宝石の大きさは一センチくらいで丸く多面体でカッティングされていた。
「それ……! 宰相閣下っ!」
隣りにいた侍女さんが私の腕をガシッと掴んできたと思ったら、宰相さんのところまで引き摺られてしまった。おかげで、強制的に王族の方々や上級貴族の方々の前に出る羽目に。
皆にガン見されてて辛い。
「なるほど。殿下、どうぞ」
「チッ」
私宛の遺言状に入っていた指輪を、宰相さんがデメトリオさんに渡した。
いや全身から『私、高貴な方の指を彩るための指輪ですわ!』というオーラを出している指輪とか分不相応だし、取り上げられても別にいいんだけど。
なぜデメトリオさんに舌打ちされなきゃなのよ?