72:許しません
デメトリオさんと馬車に乗り、実家に向かった。
訪問の理由はすでに伝えてあるので、両親とトゥロはリビングで待機している。出迎えは不要だと伝えておいたから。
久しぶりに帰った実家は、色々と補修されていて結構小綺麗になっていた。デメトリオさんにお礼を言うと、そういう細かいところに気付いてお礼を言う私が好きだと頬にキスをされた。家全体の補修は細かくない気がするのだけど、それについては後々確認するとして、まずはリビングだ。
「ようこそおいでくださいました」
いくら実家とはいえ、王太子と王太子妃になったので両親が臣下の礼を執って出迎えた。父の左手側にいる子がトゥロなのだろう。身長は一七〇センチくらいありそう。俯いているせいか、モジャモジャした金髪で目が隠れていて表情が分からない。
デメトリオさんに小さな声でごめんなさいと伝え、トゥロの前に立った。
「え……あ、の…………」
トゥロが青い瞳を左右に揺らし、何かを言おうとしていたのは分かったけど、あえて無視した。
素早く右手を動かしトゥロの頬を打った。そこそこ全力を出したせいか、トゥロの頬は真っ赤になっていたし、私の手もヒリヒリと痛む。
「王太子妃として、貴方が行ったことは許しません」
そう言うと、トゥロは青い瞳に涙を溜めて俯き、何度か何かを言おうと口を動かしたものの、ぐっと唇を噛んだ。
「…………っ、ごめ……んなさい」
「許しません」
どれだけ大変だろうと、不遇だろうと、許さないと決めた。
でも――――。
「私、個人としては、飲み込むことにしたの。義弟として歓迎する。お母さんのことは残念だったわね」
「エマ!」
嬉しそうな声を上げた父の前に素早く移動。右足を半歩ほど後ろに、右手をしっかりと握り締めて肘を引く。フッと軽く息を吐き、右の拳に全体重が乗るように捻り出した。
「ふぐぉぉぉ……」
拳が父の腹部に吸い込まれるような勢いで、全力のパンチを繰り出した。手首がちょっと痛い。令嬢とは程遠い日常生活や庭弄りで、しっかりと基礎体力を鍛えていて良かったと思った。きっと、そこいらのご令嬢だったら手首が折れていただろう。
床に蹲った父を無視して、リビングにあるソファに座りましょうと声をかけた。
よたよたと立ち上がってどうにかソファに座った父に、彼が起こした事件でどれだけの人が動き、どれだけの金額を損失し、どれだけの人に迷惑を掛けたのか、もう一日帰還が遅れたらどうなっていたのか、トゥロに説明するよう伝えた。
「父さんなら、いちいち書類を用意してもらわなくても、ある程度の被害や損害の算出くらい出来るよね?」
「うん」
私と父さんが会話する様子を見て、トゥロは頬を真っ赤にしたままおろおろとしていた。
「あ……の…………僕が悪いんです」
「そうね」
ズバリとそう言うと、トゥロがビクリと肩を震わせた。





