71:溜め込んでいるもの
父を誘拐した少年、名前はトゥロというらしい。確か十三歳だったはず。
デメトリオさんから調査書を見せてもらった。生い立ちや、少年の周りにいた人物から聞き出した印象などがつらつらと書かれていた。
父親は罪人で処刑されていること、お母さん思いのいい子で、幼い頃から数ヵ所で働き続けており、生活費を稼いでいた。体格に恵まれており、肉体労働は多かったが、頭のとても冴えている子だった。最近は小綺麗な格好で出掛けることもあったので、頭のよさを買われてどこかのお貴族様の小姓にでもなったのだろうと思われていた――――。
「……ありがとうございます」
書類をデメトリオさんに返すと、読んでどう思ったかを聞かれた。
同情する、と言ったら少年に失礼なのかもしれないけど、やっぱり同情はしてしまう。この国でも、あちらの国でも、産まれや地位は物をいう。
何かしらの技能にて一代限りの爵位を賜ることはあるけれど、そのために様々な調査が行われるし、親族たちの来歴までも全て調べ上げられる。父が爵位を賜ったときも大変だったと聞いた。
きっと、少年がどれだけ才能があろうと超えられない壁が存在している。それが父親の犯罪歴。
自分たちがどれだけ綺麗に真っ直ぐ生きようと、ついて回るものだ。
チェス大会に年齢を誤魔化し、参加していた理由として書かれていたのが、そのことだった。
貴族や商家の子で推薦状があれば、年齢が満たなくとも参加できる。大人に交ざり戦うほどの能力と品位を兼ね備えている、と推薦状で保証されるから。
友たちに誘われて参加した町の大会で、自身にチェスの才能があると気付いたらしい。
チェス大会での賞金があれば、薬も買えるし母の側にいる時間も長くなるからと、何度かチェス協会に頼み込もうとしたが、門前払いを受けたから、苦肉の策で年上の友だちに身分証を借りて参加したのだという。
「恵まれている私が何かを言える立場にはないと思います。ただ、父親を誘拐された娘として言えるのは、そんな理由知ったこっちゃない、です」
「んぶふっ……ん、明日会いに行かないか?」
なんで吹き出されたかわからないけれど、デメトリオさんは酷く楽しそうな顔をしていた。そして、面会を提案されたのだけど、私は少年に会って冷静でいられるのかわからない。
正直、父にも未だにイライラしている。
気持ちを切り替えるのは得意な方だと思っていたけれど、ふとした瞬間に思い出して拳を握りしめてしまうのだ。
そして、その怒りの根底にある感情があまりにも独りよがりすぎて、デメトリオさんに知られたくないというのもある。
「エマ、俺は君がずっと溜め込んでいるものを吐き出して欲しいと思っている。そして、君はたぶん彼に会ってしか吐き出せないとも。だから、会ってみて欲しい」
「…………幻滅するかもしれませんよ」
「絶対にありえないと誓おう」
力強くそう言われて、涙が出そうになった。こんな素敵な人が私の旦那様なのかと。
彼の隣に立ちたいと願ってここまできたけれど、結婚はゴールじゃない。これからも彼の隣に立ち続けるために、私はいろんな選択を迫られるのだろう。
まずは明日――――。





