67:幸せすぎて。
左手にはめられた指輪を見て、エマが幸せそうに笑ってくれた。それだけで、多幸感で泣けそうだった。
今度はエマが手紙を読み、指輪をはめてくれる番。手紙には、何を書いてくれたのだろうか?
「デメトリオさん、貴方と出逢ったときの印象は、わりと薄かったというか……おじいちゃんの護衛さんだと思っていて、視線が鋭くて無口な人だなぁというくらいでした」
手紙から視線を外し、申し訳なさそうに俺に向かって微笑んでくれるエマ。こういったところが優しいなと思う。嘘は言いたくないが、俺の気持ちも慮りたい。それが伝わってくる。
「ん」
「おじいちゃんを通じて徐々に話すようになって、デメトリオさんがとても優しくて温かい人なのだと知りました。デメトリオさんとおじいちゃんと、三人で過ごしたあの日々は、私の中でとても大切な思い出です。おじいちゃんのことを知らせに来てくれた日、デメトリオさんともう二度と逢えなくなるんだなって、思ったんです。おじいちゃんとのお別れは本当に辛かったし、いまも辛いけど……デメトリオさんまで失いたくないって思ったんです。あのとき、デメトリオさんに恋していたんだと知りました」
初めて知った、エマの想い。暖かく包み込むような言葉たち。一言も聞き漏らしたくない。
「デメトリオさん…………リオ」
「っ!」
人前で甘い声で『リオ』と呼んでくれた。
抱きしめたい。ぎゅうぎゅうに抱きしめて、こんなに可愛い娘を妻に出来るんだぞ、羨ましいだろう!と全員に見せつけたい。
…………我慢しろ!
「初めての恋がリオで良かったなって思っています。リオに恋をして、いろんな感情を知りました。そのどれもが愛しくて仕方ないです。きっと、相手がリオだったからこそ、こういうふうに考えられるんだと思います。リオ、私のここにはずっと貴方がいました。これからも、ずっとここにいます」
エマが左胸の上に手を置いて、そう言ってくれた。それが嬉しい。昨晩教えてくれたこと。手紙にも書いてくれていたんだな。
「立場的に、一緒に過ごせない時間が増えるけど、大丈夫だって思えるんです。胸の中にいるリオ、お仕事中のリオ、目の前にいるリオ、沢山のリオが私を愛してくれるから。だから、私もリオに愛をいっぱい届けたいです。受け取ってくれる?」
「っ…………ん……んっ」
「リオ、泣かないで?」
少し困ったように微笑むエマ。徐々に顔がぼやけてよく見えなくなってしまった。小さな手がこぼれ落ちる涙を拭ってくれるが、間に合わない。
「エマ…………指輪、はめて……」
「え? うん」
左手が取られ、薬指にゴールドのシンプルな指輪がはめられた。内側に何か彫られていた気がするが、よく見えなかったので後で確認しよう。
「では、誓いのキ――――」
宰相が進行したので、エマの首の後ろを左手で支えて唇を重ねた。
エマの瑞々しく甘い唇をしっかりと味わってから離れると、宰相に睨まれたが無視でいいだろう。
式は終了し、その後は立食での披露宴とダンス。
夕間暮れになったところで、主役の俺たちは諸事情での退室。エマが耳を赤くしながら「こんなバレバレな感じで行くんですか」とか言っていたが、それも無視でいいだろう。
「カサンドラ、急げよ?」
「無理です」
「チッ」
エマは何を急ぐのかと聞いてきた。なぜそこで察してくれないんだという思いと、教え込むというのもなかなか唆られるなとか考えていたら、カサンドラに鼻で笑われた。
「エマ様、我慢が紙のこよりしかない殿下が暴発してしまう前に、退散いたしましょう」
「暴発言うなよ……」
「え、リオ、大丈夫ですか!?」
「ん、エマはそのままでいてくれな」
状況が見えないといった感じで困ったようにオロオロしているエマ。カサンドラに腕を引かれて私室へと戻っていった。
このあとは、身綺麗にして初夜が待っている。
立会人はカサンドラに指定しているから、立ち会わずにどこかに行ってくれるだろう。
二人きりの大切な時間だろうからと、カサンドラから言い出してくれて本当に助かった。
艷やかなエマの姿は、誰にも見せたくないからな。
ちょっとニヤニヤしつつ私室に戻り、そっと指輪を外して内側を見た。
『永遠の愛をリオに』
また、涙が出て来た。
幸せすぎると、涙が出るのだと知った。





