66:俺の光芒
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チャペルの扉がゆっくりと開くと、扉の隙間から光芒が挿し込んだ。それだけで、なぜか涙が出そうになる。
ヴェールの向こうで柔らかく微笑んでいるエマがチャペルに入ってきた。ドレスは俺の瞳にしたいと言ってくれたエマ。
この国では白いウェディングドレスは『貴方の色に染まりたい』となり、相手の色を使ったドレスは『貴方と永遠に歩みたい』という意味になる。
エマのその気持ちが嬉しくて、ドレスを決める打ち合わせの間、ずっと浮き足立っていた。
デザインを見て、仮縫いを見て、ずっとこの日を想像していた。
エマは俺の目が向日葵のようで綺麗だと言うけど、君のほうが向日葵のような人だと何度か伝えた。
真夏に咲く向日葵のように眩しい笑顔。相手を照らし包み込み、温めてくれる愛に溢れた心。
エマこそが俺の向日葵なんだ。
「……殿下? デメトリオ殿下、娘を、お願いいたします」
エマの父であるルシエンテス男爵からエマの手を渡されて、意識が現実に引き戻されてハッとした。
「っ、あぁ。確かに受け取った」
新婦の手を父親が新郎に渡す。これは大切な儀式なのに、ボーッとしてしまっていた。というかルシエンテス卿、いたのか。帰って来ていることは知っていたが、エマしか見えていなかった。
少し苦笑いされてしまった気がするが、まあいい。
式は順調に進み、エマと誓いの手紙と指輪の交換になった。
指輪は、祖父がエマに渡していたものを預かり、祭壇にあるリングピローに置いている。俺の指輪はエマが注文して作ってくれていた。当日まで秘密にしたかったらしく、エマの気持ちも汲んで、リングピローになるべく視線を向けないようにしている。
「では、新郎から」
宰相の言葉に頷き、懐から手紙を取り出した。
「エマ、君と結婚すると決まってから、ずっと口に出来ない言葉があった」
そこで言葉を切って深呼吸した。
この手紙を書いたとき、彼女に本心を伝えることが怖いと思っていたからだろう。
「出逢ったころから、君に憧れていた。君の中に、俺の居場所が欲しかった。君に愛されたくて、仕方がなかった。俺が君にこうやって懇願する前に、君は俺に居場所をくれた。もう既に君の中にいるんだと教えてくれた」
エマはきょとんとした瞳で俺を見つめていた。そういうところがエマらしい。気付いてなかったということではなく、俺がこの場でそんなことを言ったのにちょっと驚いている、といった顔だろう。
「王族だろうと、人だ。誰かに愛されたいという想いはある。愛しい人から、愛されたい。立場的に言えないこともあるが。それでも、俺は君から愛されたいとずっと叫びたかった。祖父からの邪魔が入って、進んだのか拗れたのか分からずモヤモヤとしていた。そんな俺を、いつでも明るく照らしてくれた。君は俺の光芒なんだ。エマ、君のその温かく優しさに溢れた愛で俺は前を向けた。君にどれだけ返せるかは分からないが、一生を掛けて愛し続けるから、一生を掛けて受け取ってくれないだろうか?」
少しだけ首を傾げてそう聞くと、頬を染めたエマがコクリと頷いてくれた。
「皆の前で俺――ヴィルフレード王国王太子デメトリオとして誓う。エマ・ルシエンテス、君を一生愛し続ける」
祭壇に置かれて指輪を受け取り、エマの左手薬指にゆっくりとはめた。
視線を手からエマの顔に移すと、彼女が今にも泣き出しそうな表情になっていた。その表情に悲しみなどはなく、喜びの感情が見えたことで、危うくキスしてしまいそうになった。
――――危ない。





