65:父さんと娘と
王城敷地内にはチャペルがあり、王族はそこで式を執り行う。結婚の承認者は、関係者の中で一番地位の高い人物か、夫婦が希望した人物になる。
私たちの場合、国王陛下が一番偉いのだけど、新郎の父になるので承認者とはなれないのだそう。話し合った末に王弟殿下に頼むことになった。
司会進行は貴族院に結婚式専門の職員がいるので、貴族が結婚する場合は依頼を出すのだとか。けれど、王族の場合は宰相閣下が担当することが通例らしい。
それを聞いたとき、遺言状の開封の儀を思い出した。
宰相閣下ってなんかそういうの得意そう。あと、淡々と進めてくれそう。
ドレスの着付けが終わって、チャペルの控室に移動しながらそんなことをつらつらと考えていた。
「おー! エマ、すごく綺麗だよ」
「……」
控室に入ったら、父がのほほんと笑いながらそんなことをのたまってくれやがったおかげで、顔面にグーパンを叩き込んでもいいのでは? と一瞬だけ考えたけど、流石にダメだろうなと諦めた。
「随分と遅いお帰りで」
「あはは。ごめんねぇ」
「ちゃんと母さんに謝った?」
「うん。でも、無視されちゃった。凄く怒ってたよ」
――――自業自得なのよね。
新婦父は娘とチャペルに入場し、祭壇前にいる新郎に娘を渡すという役目がある。
父が控室にいるのはそのためなので、母はいまチャペルの新婦親族席で待っている。
「とりあえず、父さんが怪我なく無事だったのはホッとした。本当に心配したんだよ」
「うん…………ごめん」
父が本気でしょんぼりしたので、溜飲は少し下がった。怒ってるけど嫌ってはないよ、と伝えると複雑そうな顔でコクリと頷いてもう一度ちゃんと謝ってくれた。後日になるけれど、説明もしてくれるらしい。
「エマ様、そろそろお時間ですが大丈夫でしょうか?」
「あっ、はい!」
控室の出口でドレスの裾を侍女さん達に抱えてもらい、チャペルの前まで移動。ちょっと間抜けな格好な気がするんだけどとボヤくと、カサンドラさんがクスクスと笑いながらそういうものですからと慰めてくれた。
「エマ」
「何?」
チャペルの扉の前で父の内肘に手を添えたら、名前を呼ばれた。
「今までありがとう、エマ」
「それ、私のセリフだと思うんだけど……」
「ははっ。君は凄く凄く聞き分けがよくて、適応力も高くて、小さい頃から足るを知る子で、ちょっと心配していたんだ。『絶対に欲しい』がないんじゃないかって、ね。やっと見つけたんだよね?」
その言葉に心臓が締め付けられて声が出ない。
父が私の顔を見てくすりと笑って言葉を続けた。私、どんな顔をしてるんだろう?
「デメトリオ殿下と出逢ってから、エマはずっと幸せそうで僕は嬉しいんだ。これからの君には色んな困難が待ち受けているだろうし、色んな人のために時間を使わねばならないだろう。デメトリオ殿下と前を向いて、エマらしく生きてくれるといいなと思っているよ」
「……父さん」
「なんだい?」
「父さんが父さんでよかった」
「はははっ。僕も、エマが娘でよかった。ありがとう、僕たちの娘に産まれてきてくれて」
ちょっとだけ涙ぐんでしまって、カサンドラさんが慌てて拭いてくれた。いつも手を煩わせてしまって申し訳ない。





