63:最後の夜
親族のみの晩餐会は、ピリッとするかという瞬間はあったものの、家族愛から来るものだった。結局は、終始穏やかに終わってホッとした。
部屋に戻る間際、ドアの前でデメトリオさんに呼び止められた。明日は会うときは祭壇の前になるから、少しだけ二人の時間を過ごさないかと。
「結婚前夜に逢引ですか?」
「んぶふっ……なぜその言葉のチョイスになるんだ」
デメトリオさんが少年のように笑いつつ、別に後ろめたいことなどはないからな? と念押ししてきた。
今日一日、デメトリオさんの笑顔があまり見れていなかったので、意図はしていなかったけれど笑わせられてなんだかホッとした。
「冗談です。中庭に行きませんか?」
「ん」
日中はじっとりと暑くなって来たものの、夜は結構冷えるのでカサンドラさんにローブを出してもらい中庭に向かった。
「私どもはあちらの方に控えていますので」
「うん。ありがとう」
カサンドラさんと近衛騎士さんたちにお礼を言い、デメトリオさんと中庭のベンチに並んで座った。
ふと思い出すのは、月下美人を夜通し眺めていたあの夜。大人なキスを知った夜…………顔が熱い。
「……思い出すんじゃなかった」
「ん? 何をだ?」
口から漏れ出ていたらしく、デメトリオさんに顔を覗き込まれてしまった。何でもないですと答えても彼はあんまり納得してない様子。
「エマ、今日が最後の夜だ。禍根や遺恨はなくしておきたい」
真剣な顔でそう言われて、胸がギュムムッと締め付けられた。
陰で冷血王子だとか色々と言われているデメトリオさんだけど、とても優しいし、感情も表情も豊かだ。
あと、時々打たれ弱いダメトリオさんにもなる。ダメトリオさんは結構可愛い。
それらが、私だけに見せてくれる姿だということに気付いたとき、どうしょうもないほどの多幸感に包まれた。
私の全身が、心臓が、血液が、この人が愛しいと暴れ叫び回る。
禍根や遺恨なんてもの、ある訳がない。
「デメトリオさんっ」
「っ、はい」
なぜか居住まいを正された。
「私、明日のこと、これからのこと、凄く凄く楽しみなんです。デメトリオさんの隣を歩けるのが嬉しいんです」
「ん。俺もだ」
頬を薄っすらと染めて微笑むデメトリオさんが、本当に愛おしい。
締め付けられるような、爆発してしまうような、相反する気持ちを持て余してしまっていて、どうやって発散したらいいのかが分からない。
「さっきの『思い出すんじゃなかった』というのは……その、月下美人の時のことを思い出してしまって…………」
「しまって?」
「…………聞きます? 止まれます?」
「ん、無理だな!」
物凄く張り切って『無理』だと言われた。そういうところもデメトリオさんらしい。
クスクスと笑いながら「では、明日の夜、二人きりの時間で」と言うと、デメトリオさんが熟れたトマトのように顔を真っ赤に染めて、両手で隠してしまった。
「…………エマの煽りがエグい」
「すみません。今回はわざとです」
「小悪魔だ…………」
照れつつイジけるデメトリオさんが可愛くて、クスクスと笑いながら最後の夜を二人でのんびりと過ごした。





