59:行方不明
十五分ほどして、母が騎士さんと一緒に国王陛下の執務室に入ってきた。オドオドとしている母に、陛下が応接用のソファに座るよう勧め、私もその隣に座るよう言われた。
「ルシエンテス男爵夫人は、先ほど迎えの者に軽く聞いたと思うが、パオロ・ルシエンテス男爵と侍従が行方不明となっている」
「ゆ、行方……不明?」
先日、デメトリオさんが迎えの馬車を出してくれたときに、すれ違いになるかもと話していた。その可能性はないのかと聞くと、国王陛下にフルリと首を振られてしまった。
ここからは、宰相閣下が説明を引き継ぐらしい。
「大会は四日前の午前中に終わっていました。異例の早さだったそうです。男爵が『ごめんねぇ、娘の結婚式が近くてねぇ』と、全試合一時間未満で終わらせたと複数人が話しています」
――――父さん。
急いでいるときとか、帰りたいときは、よくそうやって素早く試合を終わらせる癖がある。普段手を抜いているわけじゃなくて、早く帰りたいって目的があると過集中しちゃうらしい。
その試合のやり方は嫌われそうというか、めちゃくちゃ恨まれそうだから止めなよって何度も言ったのに。
「男爵が侍従と共に貴族街にあるホテルを出たのは、殿下が出した迎えが到着する三日前で、陸路より船のほうが早いから船で戻ると言っていたそうです。船のチケットも手配済みでしたが、乗船していませんでした」
「っ、それで……」
母が前のめりになりながら、説明してくださっていた宰相閣下を見つめていた。胸の前で握りしめた手は、カタカタと震えていた。
「騎士たちは陸路で帰った可能性も考え聞き込みなど行ったそうなのですが、分かったことはホテルの送迎馬車を途中下車したことだけでした」
「え……途中下車、ですか? どこで?」
「平民街の入り口だそうです」
母が「ご飯かしら?」と私に聞いてきたが分かるわけがない。ただ、父がそうする可能性はなきにしもあらずだとは思った。
だけど、どこの店にも父が立ち寄った形跡はなかったそう。
他国の服装で一応貴族の格好をして使用人も連れている。誰かしらの目には付くはずだと思い、騎士さんたちが聞き込みをしてくれたらしい。
そこでやっと掴んだのは、家紋のない馬車に二人が無理やり乗せられていた、ということだけだった。
「伝書鳩が持って帰って来た情報は以上です。八時間ほどのタイムラグはありますが、これが最新情報になります」
「っ…………ありがとう、ございます」
声が震えそうになるのを抑え込んで、どうにか感謝を伝えた。
「これから増援を出すために、プラグス王に緊急連絡を入れ許可を取っている最中だ。救出してからの帰国は、明明後日の結婚式には間に合わないかもしれない。ただ、各国の使者が既に国内入りを始めているのでな、式の延長は難しいという事だけは理解してくれないだろうか」
父の行方を捜索をするために、沢山の人が動いてくれている。恐怖や不安で押しつぶされそうになっていたけれど、陛下の言葉でハッとした。
私は男爵家の娘だけど、これから王族の一員となり国を支える者となる。王太子の結婚というものは、世界から見てもかなりの祝事なのだ。
わがままも私的な感情も飲み込まねばならないことはよく起こると、妃教育で学んでいた。
いまがそのときだと思う。
「承知しております。お心遣い感謝いたします」
「うん。エマ嬢、いい顔になったね」
国王陛下がふわりと微笑んで頷いてくれた。





