58:迎えを出す
結婚式の準備は終わり、残すところあと数日となっていた。
「卿がまだ戻っていないと聞いたが、大丈夫か?」
夜、部屋でのんびりしていたら、デメトリオさんが慌てたようにドアを開けて飛び込んでくると、開口一番そう言った。
父が予定日になってもまだ帰国していないと、どこからか聞きつけたらしい。
今回は三国隣のプラグスで大会とか言っていた。あそこは若いのにヌメッとした老獪チェスをする青年がいるとか言っていたから、時間いっぱいどころか延長に次ぐ延長で、同戦二日目とかやってそうだなぁと思っていた。
それに、トーナメント戦なので、相手の試合が長引けば、それだけ待ち時間も増える。
予定日はわりとズレがちだ。
「間に合わなかったら、間に合わなかったで、仕方ないですよ」
たぶん、前日とかにテレッと帰って来そうだしと思っていたけど、デメトリオさんは本気で心配らしく、迎えを出すとのことだった。
すれ違ったら無駄じゃないかなと思ったけど、取り越し苦労になってもいいから、ということだった。
「なんだか、すみません」
「卿にも絶対に参加して欲しいからな。それに、大切な娘の晴れ着姿を見れないなど、一生後悔すると思う」
あぁ、この人のこういう優しいところが本当に好きだなぁ、と思っていたら口から漏れ出ていたらしく、デメトリオさんがちょっと頬を赤く染めていた。
馬車に騎士二人を同行させて、父の迎えを出した翌日のことだった。
「エマ嬢を借りたいのだが、いいだろうか?」
「あらあら、お茶会を邪魔するほど逢いたかったの?」
「叔母上には敵わないな」
王弟殿下妃とそのお友だちに誘われて、庭園でお茶会をしていたのだけど、なぜかデメトリオさんが用事があるとのことで迎えに来た。
いつもの無表情だったけど、声がちょっと上ずっているというか、焦っているような感じだった。
王弟殿下妃が口元を扇子で隠しながら「あらあら」と笑って、いってらっしゃいと言ってくださったので、退席を謝罪しつつデメトリオさんについていくことに。
何か急いでいるみたいで、普通にエスコートスタイルなのに、ちょっと早足だった。
「え? ここですか?」
国王陛下の執務室の前まで連れて来られて、結婚式のことで問題でも発生したのかとデメトリオさんに聞くけれど、ふるふると顔を横に振っただけで答えてもらえなかった。
執務室に入ると、難しい顔をした国王陛下と宰相閣下がいて、本当になにか大きなトラブルがあったのだと気付かざるを得なかった。
「やぁ、エマ嬢。もうすぐ母君も到着するから少し待っていてくれ」
「え……?」
――――母さん?





