57:ここにいますから
デメトリオさんの名前って汎用性が高いのかもしれないとか失礼なことを考えていたら、デメトリオさんに頬を撫でられた。
「最近、どんどんと臆病になっている気がする」
何に対してかと聞くと、私を失うかもと想像しただけで怖いのだと言われた。
「どこにも行きませんよ?」
「ん、分かっているんだがな。どうにも…………たぶんトラウマのようなものなんだろうな」
聞けば、デメトリオさんのお母さんは、病気が発覚してすぐに亡くなったらしい。ずっと体調が悪かったことを隠していたのだとか。陛下が何かおかしいと気付いて無理やり受診させたが間に合わず――――。
「この手からすり抜けて行きそうな気がすると、どうにも確認したくなる」
「ちゃんと、ここにいますよ。触れて確認してください」
頬に置かれていたデメトリオさんの手を上から包み込み、ゆっくりと目を閉じた。
「エマ。君のそういうところが好きだ。愛してる」
そっと触れるだけのキスをして、見つめ合い、もう一度キスをした。今度は深く交わるように。
私は身近な人を亡くすという経験は、少し前までしたことがなかった。
おじいちゃんが亡くなったと聞かされたとき、本当に悲しかったし苦しかったし、涙が止まらなかった。大好きな人と二度と会えなくなるというのは、本当に辛いことだと思う。
デメトリオさんは、お祖母さんとお母さんとおじいちゃん、三人とのお別れを経験している。
だからこそ、失うことが怖いんだろうなと思う。
「もしかしたら、陛下はリオのその気持ちを知っていたから、お母さんの思い出話をしてくれていたのかもしれませんね」
前に、カサンドラさんからそれで親子ゲンカみたいなことになっていた、というのを聞いた覚えがある。
そう話すと、デメトリオさんは「父が? まさか」といった反応だった。
「失う怖さって、その人のことを話せなくなる、記憶がなくなってしまうことと似ている気がします」
だから、時々おじいちゃんのことを思い出すようにしていた。幸いなことに王城にはおじいちゃんの絵が少しあるから、時々それを見るようにしている。おじいちゃんの明るい笑い声が頭の中に響いて、まだちょっぴり淋しいけれど、懐かしくて幸せな気持ちになれるから。
「私も、いつか事故や病気で死んでしまうかもしれません」
「っ、ん」
「その時は、今日のことを思い出してくださいね? 私はいつだって、リオの側にいます。いつだって、リオのここにいるんです」
そう言って、デメトリオさんの左胸にそっと触れると、デメトリオさんも私の左胸にそっと掌を置いた。
「俺も…………エマのここにいさせてくれ」
「はいっ!」
元気よく返事をしてしまって台無し感がすごかったけど、きっと今日のことは二人の中で大切な思い出になるはず。





