5:安らかに
手紙で勝手に『あとヨロ』されてしまっているデメトリオさんを見ると、右手で目を覆うようにしてこめかみを押さえていた。涙が出そう的な感傷のほうじゃなくて、頭痛っぽい。
なんかイラッとしてるよね? え? 大丈夫? 色々と。
私の涙もカラッと乾いて引っ込んでしまったけど。
こんな軽い手紙、本当に国王か? と思ってしまうけど、国王の名前のサインの横に王印が押してあるし、便箋は王家のエンブレムが透かしで入っていて、間違いなく国王陛下からの手紙だった。
「こちらをどうぞ」
相変わらず無機質な態度の文官さんから渡されたのは、侍女服だった。黒いワンピースに白いエプロンと、ひらひらのレースが付いたヘッドセット。
これに着替えろということよね? 手紙にもそう書いてあったし。
王城に着ていけそうなドレスとか持っていないから、これはこれで助かるし、ひらひらヘッドセットも可愛い。
どうやら本当に時間が押しているらしい。
文官さんは急いで欲しそう。デメトリオさんは待たせておけばいい、急かすな、と文官さんを軽く注意していた。
デメトリオさんの優しさはありがたいけど、待たせている相手全員が絶対に私より高位の方々だ。そんなの恐ろしすぎる!
ということで、急いで着替えて王城に向かうことになった。
馬車は王族専用の馬車だった。
おじいちゃんが王様で、私が手紙を受け取っているからなんだろうか?
「ほら」
デメトリオさんがエスコートしてくれて、馬車に乗り込んだ。座面がふかふか過ぎて落ち着かない。いつもの板の上に申し訳程度のクッション材が敷かれた辻馬車が、なぜかとても恋しく思えた。
向かい側に座った文官さんとデメトリオさんに、今から王城に向かうのだと教えられた。王城で開封の儀というものをするみたいに手紙に書かれていたけど、どんなことをするんだろうかと聞きたかったけれど、馬車が走り出したことで会話がなくなってしまった。
無言の空気に居た堪れなくなり、ちらりとデメトリオさんを見ると、バチッと目が合った。
「デメトリオさ……様」
「今までどおり『さん』でいい。陛下も『おじいちゃん』のままで。きっとそのほうが喜ぶ」
「はい……」
その言葉に、また涙が溢れた。デメトリオさんが差し出してくれたハンカチで涙を拭う。
デメトリオさんいわく、おじいちゃんは眠るように息を引き取ったらしい。
「ちょっと本人が騒がしかったけど、安らかな死だった。あとイラッとするくらいには微笑んだままだ」
そう言われて、泣いていたはずなのに、声を上げて笑ってしまっていた。
なんだかおじいちゃんらしい。
本人が騒がしい安らかな死ってなんなの。