36:好き嫌いと強さ
デメトリオさんの嫌いな食べものは、プチトマトだけらしい。自称なので実は……と疑って見つめていたら、本当にないからなと苦笑いされてしまった。
「エマの嫌いなものは? 食べものじゃなくていい」
「えー? んー? あ、大きいミミズ?」
庭いじりしてるとき、急に出てこられると結構びっくりするのよね。あとは大きい蜘蛛とかは、つい叫んじゃうかな。
「それは、女性は誰でも苦手では……」
「母は『あらあら、うふふ』とか言いながら素手でペイッてするんですよ。あれは真似できそうにないです」
「それは真似するな……従僕を呼べ」
「はぁい」
なんで残念そうなんだよ、と呆れたように息を吐かれてしまった。
だって、苦手なもの少ないほうが強そうだし。
「いや、卿は好き嫌い多いんだろう?」
「そうなんですけどね」
私の理想の女性は母で、母には出来ないことがないんじゃないかというくらいに、なんでもやってしまう。料理洗濯はもちろん、雨漏りの修理までも。
「雨漏りの修理ぃ!?」
「はい。屋根に上って、トントンカンカンやってますよ」
「それも従僕を呼べ。というか、呼んでくれ」
「はぁい。伝えておきます」
さすがにね、雨漏りの修理は私も危ないとは思っていたから、ちゃんと伝えておこう。
「んー、あとは嫌いなものってないかもです」
「では好きなものは? 食べもので」
「食べものだと、エビです!」
大きくても小さくても、お料理に入ってると嬉しい。材料としてあったら、何を作ろうかなってワクワクしちゃう食材でもあるんだと話していたら、デメトリオさんが「ん?」と首を傾げた。
「何を作ろうか、悩む?」
「はい。エビっていろんな料理に出来るので」
「エマは料理ができるのか?」
「え? 出来ますけど」
出来ないと生きていけないじゃないですかと話していると、何やら常識のズレが生じているとデメトリオさんに言われた。
あぁ、そういえば貴族のお嬢様たちは料理とかしないんだった。お菓子作りをする人はいるらしいけど、日々の食事は違う扱いなんだよね。
我が家は通いの使用人がいただけという理由もだけど、そもそもやれることは自分でやろう!というスタンスの家だし。
「エマの手料理か。食べてみたい」
「いいですよ? 私、厨房に行っても大丈夫なんですかね? あと、毒見とか」
「エマが作ったんなら、毒でも平気だ」
「そんな無茶な」
デメトリオさんがイケる気がするとかまた言ってたけど、そこはちゃんと手順を踏んでから食べて欲しい。
今までは知らなかったけど、王族の人たちが食べるものはちゃんと毒見がされているらしい。
出す直前の裏側でされているらしいから、私たちが目にすることはないんだろうけど。
「毒見もなぁ。祖父も父も廃止していいだろうと言っていたが、なかなか議会で結論が出ないんだよな」
「うーん。結論が出ない気持ちは分かります」
議会の方々って、おじいちゃんのこともだけど、王族の人たちと仲が良いし、凄く尊敬も敬愛もしてると伝わってくる。だからこそ、彼らの命に関わることには妥協がない感じもする。
おじいちゃんが国王を降りられなかったらしいけど、それもどうにか名前だけでも在位していて欲しいという思いからだったらしい。
ここ数年ほどは国王の仕事のかなりの量を、いまの国王陛下と議会で請け負っていたと教えてもらった。
「まぁ、そこら辺はそのうち何とかなるだろう。それよりも、作ってくれるんだよな?」
「いいですけど」
「んっ! 今度の休みな!」
「あはは。はいはい」
子どものように喜んで予定を決めるデメトリオさんが可愛すぎて、なんだかお母さんみたいな返事をしてしまった。





