34:妙に、歯切れが悪い
◇◇◇◇◇
デメトリオさんが急に『ダメトリオ』と呼んでくれと言い出した。
はじめは意味が分からなくてキョトンとして、でもすぐに語感のよさとかちょっと間抜けな音に、吹き出してしまった。
なんで『ダメ』なのか聞いてみると、瞳を彷徨わせて下を見たものの、またまっすぐにこちらを見てくれた。
「どうにも、気が急いてな。エマがそばにいるというだけで……………………」
「と、いうだけで?」
「嬉しくて仕方ないんだ。浮かれすぎて変な行動をしそうになる」
夕食を食べたときにはそんな雰囲気はなかった。いつも通りのデメトリオさんで、いつも通りにエスコートしてくれていた。
デートの時だと結構甘やかしてくれるけど、普段のデメトリオさんは一歩引いたというか、凄く紳士の距離を保つ。
町中で見慣れている彼氏彼女とも、貴族の恋人たちともなんだか違って、時々不思議になることがあった。
でも、デメトリオさんも私と同じように、嬉しかったり不安だったりしてるんだなと思うとホッとした。
「そっかー」
「ん。エマは? 何か不安だったんだろ?」
「うん」
「教えて?」
首を傾げて、私の顔を覗き込むように見てくるデメトリオさん。いつものしっかりと纏めた髪と違って、お風呂上がりなのかサラサラと流れていた。
――――えっ、カッコイイ。
「おい、なんでそこで真っ赤になる。試してるのか?」
なんでかスンとなられてしまった。せっかくの甘い空気が台無しだ。
「あのねっ!」
よく考えたら、今まで旅行やお泊りをしたことがなかった。月下美人のときは、お泊りという感覚を持たないままに寝落ちしてしまったからノーカン。
父がいないのは当たり前だったけど、住み慣れた家じゃなくて、母もいなくて、ほとんど知らない場所に一人。そう考えたら、怖さとか淋しさとかが押し寄せてきた。
王城に来て数日は興奮状態にあったのか、そこまで気にならなかったのに。
ちゃんと纏められなくて途切れ途切れになる言葉を、デメトリオさんは「ん」と、いつもの短い返事を挟みながら最後まで聞いてくれた。
「抱きしめてもいいか?」
「はい」
「ん」
柔らかく、でもしっかりとデメトリオさんに抱きしめられて、彼がいつもつけている香水っぽい匂いにも一緒に包まれた。
「あのね」
「ん?」
「デメトリオさんの香水? 凄く好きなの。オレンジとシダーウッドかな? 嗅いでると落ち着く」
「…………」
顔を少し上に向けて聞くと、デメトリオさんが固まっていた。
あれ? これもしかしてまた煽り判定なの? と不安になっていると、デメトリオさんが視線を右に左にと揺らし始めた。
――――え?
「あ、いや。その……隠しておきたいとか、そういうアレはないんだが。あ、うん。オレンジだな。うん」
妙に歯切れの悪い返事。何か聞いちゃいけないことだったのか、何なのか全くわからない。
デメトリオさんが、勇気が持てたら話したいことのひとつだから、突っ込まないでほしいと言った。彼が嫌がることをしたいわけではないので、うんと頷いた。
デメトリオさんは凄くホッとしていたけど、ちょっと気になってしまっている。
まぁ、そのおかげで不安やら淋しさとかが吹っ飛んでしまったから、怪我の功名感はあるけども。





