32:煽り耐性を獲得した?
そんなに急いで引っ越しするつもりはなかったんだけど、結局は話が出て一週間もしない内に王城に引っ越すことになった。
デメトリオさんの二つ隣の部屋が私の部屋。
デメトリオさんと私の部屋の間にあるのが、主寝室。
自分の部屋にもベッドはあるので、主寝室を使うのは結婚式のあとになるんだろうけど…………ちょっと見てみたいような、そんな気がしなくもないような。
「好奇心は猫を殺すって言うわよね?」
「言いますが……」
「チラッと覗いていいものなの?」
別に変なものなどは置かれていないですよ、と言いつつ私の部屋の中にある扉をカサンドラさんが開いた。
少し薄暗い部屋に一歩二歩と足を踏み入れる。
主寝室の壁際には、五人くらい座れそうな大きなソファと、ローテーブル。
ベッドは二人用にしてはかなり大きく、天蓋もついていた。
雰囲気としては、落ち着いていて温かみのある場所。カーテンや寝具類の色合いのおかげなのか、薄く香っているデメトリオさんの香水の匂いのおかげなのか。
「おぉ……ソファとベッドしかないんだ?」
「そういう部屋だからな」
「ふひょっ!」
急に聞こえてきたデメトリオさんの声に、本気で驚いてしまった。
バッと振り返ると、いつの間にかデメトリオさんが後ろにいる。いつの間にというか、どこから現れたんだ。ってかいま香水の匂いがしてたのは、デメトリオさんがいたから?
あと、悪いことというか、イタズラしている瞬間をみられてしまったような、微妙に気まずい感じなんだけど、どうしたらいいのこの空気。
「変な顔して、どうした?」
「え……あ、主寝室を見ていたら、落ち着く空間だなぁって思ったんですけど、デメトリオさんの香水の匂いがしたからな……の、かな……とか」
思っていたことをペロッと言うのは、ヤバいのだと何度やらかしたら覚えるのだろうか。
どんどんと目が据わっていくデメトリオさんを見て、言葉がどんどんと尻すぼみになっていく。なっていっても、もう遅いんだろうけど。
「用事を思い出しましたので、しばらく部屋を離れます」
なんの抑揚もない声をスルッと発して、カサンドラさんが音も立てずに消えていった。
じっとりと見つめてくるデメトリオさんと二人、主寝室の中。いやまさかね、流石にね……と邪推をしてしまうくらいに、ここ最近恋愛小説を読み漁っている。
「あの、煽ってませんからね?」
「そう言っている時点で、煽ったかもしれないと認識しているよな?」
――――なるほど確かに。
「この程度でまさか煽られるとは思いもよらず……」
「ふぅん?」
違う方向性で躱そうかと思っていたけど、なんか余計に踏み抜いたかもしれない。
チェスでのこういう勝負は得意なのになぁ。ここは早めに投了したほうが、軽い怪我で済みそう。
「ハァァ」
急にデメトリオさんがため息を漏らしたので、どうしたのかと思ったら、私の様子を見に部屋に来たら主寝室を楽しそうに覗き込んでいた瞬間だったと言われた。
そして、そんな私の様子を見たら、結婚を楽しみにしているのが伝わってきて、浮足立ってしまっていたと謝られた。
――――あれ?
もしやデメトリオさん、煽り耐性を獲得してない!?





