29:恋バナ
カサンドラさんに悶えつつ、もっと教えてとお願いすると、ぽつりぽつりと話してくれた。
お妃様が亡くなられたとき、デメトリオさんが少し塞ぎ気味になっていた時期があったらしい。陛下――ヴィクトル様もつらいはずなのに、いつも笑顔を絶やさずデメトリオさんに話しかけ、思い出話をしたりしていたそう。
「デメトリオ様が母をそんなに過去の人にしたいのかと、怒ったことがあったのですが……」
「うん」
「凄く淋しそうな顔で笑われたんです。忘れないために話すんだよ、と」
カサンドラさんはその瞬間恋に落ちて、失恋を味わったのだという。何となく、私と似ている。知ったそのときには既に遅いと痛感したのよね。
「いつからかという明確なものはありません。ただ、憧れのようなものはずっとあって、そんな人にも弱い部分はあるのだなと知ったら、さらに心が苦しくなりました」
「っ……うん。苦しいよね。わけもわからず、泣きたくなるときがあるよね」
「はい…………当時は、苦しくて息もできませんでした」
一度、気持ちを告げたことがあったらしい。
「えっ!?」
「小娘の戯言だと受け取ってもらって構わないと思っていたのですが、ヴィクトル様は真摯に答えを出してくださいました」
断られたあと、近くで働くことのつらさを思い知ったらしい。それでも、側にいたいという思いから、ずっとデメトリオさんの侍女として働いていたそう。
「え……あっ…………ごめんなさいっ!」
「はい?」
「私のせいで側に――――」
いられなくなった、ごめんなさい、と言おうとしていたら、カサンドラさんの人差し指で唇を塞がれた。なんてエロい黙らせ方をするんだこの人は。
「私から頼んだのです。国王陛下……前ですね。前国王陛下が亡くなられて、色々なことが動き出しました。ヴィクトル様は今までは断っていましたが、国王となった今は、王妃陛下を娶らねばなりません」
デメトリオ様はいるものの、王子が一人だけなのはマズいということだった。王弟殿下がいるのでいいだろうと言っているのは国王陛下とデメトリオさんだけらしい。
「え、王弟殿下もダメって言ってるの?」
「はい。次期国王はデメトリオ様で確定だろうとも、兄弟としてサポートしてくれる者は必要になると」
私には分からない世界だなぁと思う。でも、いつかそこに立つのだから知らなければならない。なぜダメなのかは、今度デメトリオさんに聞いてみよう。
「誰かと結婚しちゃうんだね……陛下」
「ええ、きっと。なので、私は私が今できることは何かと考えました。一つでもあの方の憂いを払いたいのです。不純な動機からエマ様に仕え始めたこと、お許しください」
「えー? そんなの別にいいよ」
不純だろうとなんだろうと、カサンドラさんは驚くほど私たち家族を見てくれていて、怖ろしいほどに働いてくれてる。なんの問題もない。
それより、国王陛下の憂いってなにか気になるんですけど。カサンドラさんに聞くと、ほんの些細なことなんです、と前置きして教えてくれた。
「デメトリオ様がグイグイ行き過ぎて、エマ様に逃げられないか心配だ、と」
「っ、あははははは! なにそれ!」
まさかそんな心配をされているとは思ってもいなかった。あまりにもおかしくて笑い転げそうになっていたら、カサンドラさんが真面目な顔で思い出してくださいと言った。
両家での話し合いのとき、デメトリオさんが軽く暴走をしていたのを、と。
――――あ。
「それだけではございません。前国王陛下とエマ様が会われていたとき、もう白だと分かっているのに、ずっとエマ様に逢いに行かれていました。色んな言い訳を並べ立てて。全員が生温い視線になっているのにも気付かず…………」
えっ……そんなことになってたの!? なんか恥ずかしい。っていうか、デメトリオさんってやっぱり可愛いくない?





