3:有意義に――――
「……じいさんが、もしエマがここで待っているようだったら、待たなくていいと伝えろと言われてな。時間を有意義に使え」
「有意義に使ってますっ!」
デメトリオさんの冷たい言い方にイラッとして、語気を強めて言い返してしまった。私がそんなふうに怒ったことに驚いたのか、彼が黄色と緑が入り混じったような瞳を大きく見開いていた。
「毎週ここにきて、ガゼボで何をするでもなく、俺たちを待っていたんだろ?」
「っ……なんで…………」
「さっき通りがかった職員から聞いた」
王立庭園なだけあって、ここは職員さんがかなりの頻度で巡回している。だから、待っていたことがバレバレだったんだろう。
「さっきの言い方は悪かった。だが、有意義に使って欲しいと心から思っている」
「私にとっては……待つ時間も有意義です……」
名ばかりの貧乏男爵家だから、やることは多い。通いの使用人がいるだけなので、家の掃除や庭の手入れなんかは私の仕事だった。
王立庭園は入園無料だったこともあり、庭造りの参考と気分転換を兼ねて訪れていた。
いつも、ただぼーっと庭園内を回って、家に帰るだけだった。でも、おじいちゃんと出会ってからは、移り変わる草花や、王都で流行っているもの、チェス以外にも沢山の話をして、凄く楽しい時間を過ごしていた。
二人と会えることを考えるだけで、忙しい日々の心の支えになっていた。
だから、有意義とかそんなふうに言われたくない、そう伝えると、デメトリオさんがふわりと笑った。見たことないような柔らかい笑顔に、なぜか心臓がキュッと締め付けられた。
どことなくおじいちゃんに似ている気がする。たぶん、気のせいなんだろうけど。
「ん。そう、だよな。俺も……三人で過ごす時間はとても好きだった。待っていてくれて、ありがとうな」
「っ……そんなまるで………………」
まるで、もうその時間は訪れないみたいな言い方だった。それを口に出したくなくて俯いていると、大きくて温かい手に左頬が包まれた。
「泣くな」
「泣いてません」
「まだ、だろ?」
「っ……」
親指で下瞼をゆっくりとなぞられた。
いつの間にか横に立っていたデメトリオさんを見上げる。しばらく無言で見つめ合っていると、彼がハッとしたように手を引いて一歩下がってしまった。
「許可なしに触れてすまない」
その言葉が、彼も貴族なんだろうという予想に辿り着く。上級貴族に仕える人も貴族というのは常なので、違和感はないけれど、彼の振る舞いはなんというか人を従えるような立場の人のような気もする。
どこの誰とも分からないのに、そういうのは感じるのだから不思議なものだ。
「なにかあったら連絡するから」
「はい」
連絡方法や家名なんて、ちゃんとは伝えていないのに、それでもちゃんと連絡が来そうなのはなんでだろうか。
何となく、それについて深く考えたくないなと思った。
「またな」
「はい。また……」