26:カサンドラさんが好き?
デメトリオさんの視線は、すぐに私の方に戻って来た。なのになんでこんなにモヤモヤするのかが分からない。
「エマ?」
「……はい?」
「この曲が終わったら、少し休憩しようか」
「はぃ」
デメトリオさんの眉がしょんぼりと下がっていることに気が付いて、慌てて笑顔を貼り付けたけど、上手に出来なかった。
チェスでなら出来るのに。
私は感情を隠すのが下手だと父によく言われる。
――――ダメダメだなぁ。
せっかく初めてのダンスだったのに、陰鬱な空気で終わらせてしまった。
心配そうに私の様子を窺うデメトリオさんに申し訳ない気持ちと、さっきからずっと感じているモヤモヤイライラする気持ちが綯い交ぜになっている。
「あの……人のいないところに行けますか?」
「あぁ。バルコニーはほとんど人がいないかな」
夜会の会場からバルコニーに出ると、真冬の冷え切った空気が肺に流れ込んでくる。身体に不躾に当たってくる風は、全身から熱を奪って逃げていった。
でも、そのおかげで頭の芯まで冷えて、少しだけ考えがクリアになった気がした。
「エマ、俺は君に何かしてしまっただろうか?」
恐る恐るといった様子で、デメトリオさんがそう言いながら、上着を脱ぎ私の肩に掛けてくれた。とても優しい人。
「ごめんなさい。私の知らないデメトリオさんが……リオがいるんだってことが悔しくて、酷い態度になっていました」
ペコリと頭を下げると、デメトリオさんがヘナヘナとバルコニーにしゃがみ込んでしまった。
「っ、よかった……!」
「へ?」
「嫌われたかと思った」
「え、誰が誰に?」
「エマに嫌われたかと思ったんだよ、俺が」
――――なぜ。
デメトリオさんいわく、変な二つ名を知られたし、ダンス中に私の表情がどんどんと暗くなっていくから、これは何かやらかして嫌われたのかもしれないと不安になっていたらしい。
私は私で、嫉妬をしていたと話した。ありもしないであろうことに対して。
デメトリオさんが何に嫉妬していたのかと、キラキラとした笑顔で聞いてくる。
「リオは……カサンドラさんが好きなのかなって」
「…………は? 意味が分からんのだが」
だよね。明らかに顔があり得ないってなってるもんね。
「リオ、カサンドラさんとずっとダンスパートナーだったって……本当は、婚約者だったのかなとか、侍女として接している間に恋人になったりとか――――」
「ない」
「うん。分かってるんですけど、リオがカサンドラさんに向ける目線とかが……」
どうしても、使用人に向けるものじゃないように感じていたし、二人の言葉遣いもそう。なにかがあるような気がしたのだ。
「っ、あー。カサンドラは乳母の子どもでな? 幼少期から一緒にいるから、距離が近いんだろうな。勘違いさせてすまなかった。カサンドラの配置換えをしようか?」
「嫌です!」
「えぇ?」
なんで? といった顔になるのは分かる。でも今日はわがままを言いたい。
私は、カサンドラさんが大好きなのだ。これまで沢山助けてもらった。これからも側にいてほしいし、友だちになりたいと思っているのに、離れるのは嫌だから。
「リオは、なんであんなにカサンドラさんのことを気にしてるんですか?」
「気にしてはいないが……」
「でも、チラチラとよく見てます。特に今日は」
「っ! あー。そういうことか……」
リオが片手で額を押さえ天を仰ぐような仕草をして、何かに納得した様子だった。どうしたのかと聞くと、バルコニーから夜会の会場をこっそりと覗くように言われた。
ガラス扉の端に寄せられているカーテンに身を隠して中の様子を窺うと、国王陛下と何やら話しているカサンドラさんがいた。





