25:向けられた視線の意味
挨拶の後は、王族や主賓でファーストダンスをする。漏れなくデメトリオさんと私も。
ボールルームへと移動している途中、ちらりと見たデメトリオさんは、真面目そうな顔ではあるものの、とても楽しそうな雰囲気を出していた。
「機嫌がいいですね」
「ん? やっとカサンドラと踊らずに済むからな」
――――えっ!?
今までずっとカサンドラさんと踊っていた、という意味に聞こえる。二人は仲が良いけどそういう関係には一切ならないといった空気を出しているけど、そうでもなかった?
なんでか、心臓がチクリと痛んだ。変だなと思って左胸を擦っていたら、デメトリオさんが体調が悪いのかと心配そうに顔を覗き込んでくれた。
「いえ……たぶん、緊張です」
「ん、大丈夫だ。エマは誰よりも美しく舞える」
「教師の評価は『普通』でしたが?」
「……俺には、誰よりも美しく見える」
ちょっとだけいじけたような声で言われて、フフッと笑い声が漏れ出てしまった。
「笑うなよ」
「はい、すみません」
「ん……ははっ」
「ふふっ」
二人で顔を見合わせて笑いながら移動していたら、前を歩いていた国王陛下が「うぅむ。声だけであてられちゃうねぇ」と困ったように笑っていた。
「っ、すみませんっ!」
「羨ましいなら、恋人でも作ればいいでしょう」
「もぉ。デメトリオは可愛くないなぁ」
「可愛く生まれた覚えはありません」
国王陛下と話すデメトリオさんは、ちょっと子どもっぽくて可愛いと思うんだけどなぁ。
「さて、今日は私も踊ろうかなぁ。カサンドラ、お願いしていいかな?」
「っ、はい。光栄にございます」
「君は君で、いつも固いねぇ」
「ぜんっ処、いたします」
カサンドラさんが妙に慌ててる? 焦ってる? そんな声だった。いや、そりゃいきなり国王陛下に名指しされたら、畏れ多すぎて心臓が止まる気はするけど。
でも、あのカサンドラさんが慌てるってやっぱり変よね? だって、今まではデメトリオさんの侍女をしていたんだから、王族の方々にお会いする機会は多かったはずだもの。
「ダンス苦手なのかなぁ?」
「さ、フロアに入ろう」
デメトリオさんに話しかけたつもりだったけど、聞こえていなかったのか、ボールルームの真ん中の方に進みだした。
さっきから、心臓がツキツキと痛みを発している。
痛いと騒ぐほどではない些細なものだけれど、妙に気になってしまう。
「エマ?」
「あ、はいっ」
デメトリオさんが横に構えた左手に自身の右手を重ね、左手は彼の肩に手を添えて、肘を曲げて横に張り出すような形に。基本のポジションを取ったら、音楽が始まるのを待つだけ。
バイオリンなどの弦楽器の柔らかな音がボールルームにふわりと広がっていく。優しく緩やかな音楽に身を任せ、曲に合わせてステップを踏む。
緊張で笑顔が引き攣っているような気がする。
曲が半分ほど過ぎたころ、デメトリオさんが蕩けるような笑みを私に向けてくれているのに気が付いた。
デメトリオさんと視線を合わせていたら、いつの間にか私も心が落ち着いてきた。
「ん、大丈夫そうだな」
「はい。デ――――」
デメトリオさんの名前を呼ぼうとした瞬間、彼の視線が私から外れて行った。
私たちの少し横に近付いていた、国王陛下とカサンドラさんに向けられたデメトリオさんの視線は、妙に鋭くなっている気がする。
彼が陛下たちを気にしているのがなぜなのか、私には分からない。
それがとても苦しかった。