22:呼び方に拘る
妃教育の間も、父とのチェスはときおりやっていた。
「んー。なんか弱くなった気がする」
「えっ、僕!?」
「ちがうよ。私が」
「そうかなぁ?」
父はのほほんと笑っているけど、何となくそう感じる。ん? あれ? なんか、違う。あっ…………父が強くなってる気がする。
「打ち方を変えたのは気づいてたけど……なんか、手数が減った?」
「エマちゃん、それ褒めてるかい?」
父が苦笑いしながら、一応褒め言葉に受け取ろうかなぁと悩んでいた。
「なんで打ち方変えたの?」
「んー。最近は惰性でやってたけど、エマちゃんお嫁に行っちゃうし。時間かけて遊んでたけど、ストレートに勝って時短もありかなって。ママ一人で淋しくなるだろう?」
まさかそんな理由で強さのレベルアップをするとは思っていなかったというか、遊んでたんだ……対戦相手の人、可哀想だなぁ。
でも母のことを思ってだからまぁいいのかな。
「父さんも淋しい?」
「当たり前じゃないか。でもそれよりも嬉しいからね」
「うん」
「王族に名前を連ねるということは、本当に大変だけど、エマはそれに耐えうる精神はあると思う。頑張りなさい」
「うん」
久し振りに、父と子らしい会話をしたら、なんだかやる気に満ち溢れた。
「よし、父さんを負かそう!」
「んふふふふふ。ハンデなしなら、あと百年頑張りなさい」
まぁ、ハンデないと勝てないもんね。
「――――ということがあったんです」
「卿の無敗伝説はまだまだ続きそうだな」
デメトリオさんとお茶をしながら、先日あったことなどを話していた。
「はい。あと、座学はほぼ完了しました」
かなり詰め込んだこともあって、冬の終わりには全ての予定は終わっており、最終確認のみとなっている。
「エマの記憶力が凄いと教師たちが褒めていたぞ」
「ありがとうございます」
記憶力はそこそこいいと自負しているけど、それだけではどうにもならないものもある。その最たるものが、ダンスだ。ダンスの動きは覚えられるけれど、テンポや身体の動かし方は別次元の問題だった。
必死に練習した結果は『普通に踊れている』というものだったので、いまの私にはそこが限界だったようだ。練習は継続して『自然に踊れている』くらいまでは成長したい。
「ふっ。エマは本当に真面目だな」
「デメトリオさんも――――」
「リオだろ?」
「っ、リオ」
「ん」
最近のデメトリオさんは、呼び方にとても拘っている。二人きりのときは愛称で呼ばないと、今みたいにちょっと拗ねたように聞いてくるのだ。
「リオも真面目でしょ?」
「そうか?」
本人は程よく気を抜いていると言うけど、王太子の仕事は本当に多い。今は近衛騎士を退任し、王太子として国のために出来ることを、時間を惜しまずにやっている。
こうやって二人で話す時間を作るのは、本当は凄く大変なのだと陛下や侍女たちから聞いた。
初めは、だから少し控えてくれないかという相談なのかと思って陛下たちの話を聞いた。ところが、彼らは『だから、変に遠慮して断らないでくれ』と声を揃えて訴えてきた。
デメトリオさんは、私に断られた日は顔が死んでいるらしい。
ちょっと見たいな、と思ったのは内緒である。
「はぁぁぁ、そろそろ戻る時間か。エマ、またな」
「リオ、お仕事頑張ってくださいね」
「っ、ん!」
しょんぼりしながら立ち上がったデメトリオさんに声を掛けると、ぱぁぁぁっと真夏の向日葵のように笑い、執務に戻って行った。
――――ふふっ。可愛い。