20:ただ一度だけ逢いたくて
ゆっくりと唇を離すと、エマが顔を赤く染めていた。
「赤い、月下美人もあるらしい」
――――エマのほうが、美しいだろうが。
バッと両手で顔を隠されて「普通の顔です」と言われ、心の声が漏れ出ていたのだと気付いたが、まあいい。事実なのだから。
ちょっと無理矢理に近かった気もするが、今日エマをここに誘ったのには理由があった。どうしても満開の月下美人を二人で見たかった。
「完全に開くまでは時間が掛かりそうだな。もう少し寝ておくか?」
「いえ、一緒に見たいです」
手を下ろし、ちょっと唇を尖らせてそう答えてくれたエマが可愛くて、またキスをしてしまった。
このところついついキスをしてしまう。
顔を真っ赤に染めて、俺を受け入れてくれているのが分かるから。言葉はなくとも、エマに愛されてると伝わってくるから。
「もう……なんでそんなにキスするんですか…………」
「ふはっ!」
似たようなことを考えていたのがなんだか面白くて笑ったら、ちょっといじけられてしまった。
この気持ちは……素直に伝えていいものか悩むとこなんだよな。
「んー……満開になったら教えるよ」
「焦らしプレイですか」
「ブハッ! なんでそうなる」
「恋愛小説に書いてありました」
エマも恋愛小説など読むんだなと聞くと、俺と婚約することになって、興味が出て読んでみているのだという。こういう真面目で一途なところが本当に可愛い。
ゆっくりゆっくりと花開いていく月下美人を見守りながらのお喋りを、真夜中までしていた。
「ん。たぶん満開だな」
「綺麗ですね。月夜に一日だけ咲く花というのは知っていたのですが――――」
エマは初めて見る咲いた月下美人に夢中になっていた。花開く途中も綺麗だったが、開ききったであろう今のほうが好きなのだとか。
花の形、透明感のある白さと甘い香りに、荘厳さを感じたのだそう。
見られて良かったです、ありがとうございますと、笑顔でお礼を言われた。
「ん。一緒に見てくれてありがとう」
俺もお礼を伝えるときょとんとされた。
「どうしても二人で見たかった」
「え、そうなんですか?」
月下美人にはいろんな花言葉がある。中でも『ただ一度だけ逢いたくて』というものが、俺に突き刺さっていた。
祖父が逝き開封の儀の開催日が決定し、宰相がエマを迎えに行くことになった。本来は宰相と護衛の騎士が行くはずだったが、無理矢理ついて行った。
もう二度と逢えなくなるだろうから、身分を知られていない状態で、ただ一度だけ逢えたらと思って。
ゆっくりと話す俺をじっと見つめてくれるエマ。
いつもこちらに視線を向けてくれる。それが嬉しい。
「なんでですか?」
きょとんとしたエマの頬にキスをする。
「ずっと好きだったと言っただろう?」
「っ、はい」
「好きだけではどうにもならないこともあると、諦めていたんだ」
祖父のおかげでこうなれたのは、嬉しくもあり悔しくもあった。でも、きっかけを作ってくれたことに感謝はしている。
「遺言状に書かれていたからじゃない。心からエマを愛している。どうか俺と結婚してほしい」
エマの右手を取り、あれ以来ずっと嵌めてくれている王家の指輪にキスを落とした。
「っ、はい。私も、デメトリオさんが好きです」
「ん」
ちょっと泣きそうだった。受け入れてもらえるというのはこんなにも嬉しいのだな。
エマを抱きしめて、緩みきった顔を見られないようにした。





